▼ 13 リフレイン
知っていたのだ。
以前、買い出しに行った際、由里が楽しそうに会話していた金髪の少年が悪魔であることを。
そして、今回由里の魂を狙っているのがその少年だということも。
最近、彼女がそいつと仲良くしていることも、今日デートに誘われていることも、全部、全部全部全部知っていた。
自惚れていたのだ。過信していたのだ。由里が他の奴と仲良くするわけがない。今日だって自分の言いつけを破って外に行くわけがない。そう思っていた。
由里は自分が思っていた以上に、あの少年に心を開いていた。
そのことが無性に腹立たしく、胸の中を掻き乱される思いがした。
全部知った上で奴を泳がせ、丁度いいところで仕留めればいい。それが間違いだったのだ。
「あの時捻り潰しておけば良かったねぇ…」
苛立ちをぶつけるように、石造りの壁を思いっきり拳で叩きつける。
血が滲み出たが、今の自分にとってそんな事はどうでも良かった。
「葬儀屋!見つかったか」
伯爵の声が後ろから聞こえて振り向く。
執事くんから連絡がいったのだろう、死神2人も合流していた。
「いいや、まだだ。…執事くん。わかるかい?」
これだけ探しても見つからないという事は、もう連れ去られた後と考えるのが妥当だろう。彼らの気配や痕跡は、残念ながら見つからなかった。
同族の匂いを辿れる執事くんが唯一の頼みだ。
「…まだそこまで遠くに行ってないようです。追いましょう」
その言葉を受けると、執事くんを先頭にして由里達の後を追い掛けた。
「アンタ何やってんのよ!由里を見てたんじゃないの?」
「…黙れ」
普段とは違う冷めた口調に、死神達は黙りこむ。自分の感情を表に出すことなんてあり得ないが、殺気を押しとどめる余裕など今はなかった。
…また。また小生は間違えてしまうのか。
その事で頭がいっぱいだっだ。
飛び散る赤。赤赤々あかあかあか。
腕の中で力が抜けていく肉体。
滑り落ちていく手。
抱きしめても、抱きしめても冷えていく体温。
次々と映像がフラッシュバックし、頭が割れそうに痛んだ。
・
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目を覚ますと、崩れ落ちそうな廃墟の中に私は横たわっていた。
所々割れた硝子の天井からは燦々と太陽の光が降り注ぎ、床には不思議な形の影を落としている。
ゆっくりと身体を起こすと、少し離れたところにレオナルドが座っているのが見えた。
「あっ起きた?」
ゆっくりとこちらへ近づく彼に思わず身構える。するとレオナルドは両手を上げながら、そんな怖い顔しないでよ、と苦笑する。
「…あなたは何者?」
「ん〜?悪魔」
ああ、この人が私の魂を狙っていたんだなと理解すると同時に、ひどく身体の力が抜けていくような感覚に襲われた。
信じていたのに裏切られた。平たく言えばそういう事だ。
私が彼を友達だと思い込んでいたのは間違いだったらしい。
冷めた思考でそんな事を考えていた。
黙り込んだ私に、あれ、驚かないんだと彼は目をぱちくりさせていた。
「そっか、彼がいるもんね。なんだっけ。こっちではセバスチャン?」
よく飼いならされてるよね〜とレオナルドは体をくの字に曲げて大笑いしている。
綺麗な顔をして口元を醜く歪ませる彼は、私の知っている人物とは思えなかった。
虫酸が走る。
「セバスチャンは貴方みたいに下品でも卑怯でもないわ」
彼はぴたりと笑うのをやめると表情を一変させ、凍りつきそうな視線をこちらに向けた。
「…誰が下品だって?」
眼前にレオナルドの顔が迫ると前髪を思いっきり掴まれ、床に頭を叩きつけられる。
あまりの痛みで視界がぐわんぐわんと揺れた。
「今すぐ君の頭砕いたっていいんだよ?」
彼はギラギラとした目で私を暫く睨みつけると手を離した。
「まぁ、いいや僕は君と取引きしに来たんだ」
「…取引き?」
うん。と頷くレオナルドは、出会ったあの日のように眩しい笑顔を顔に浮かべていた。
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