▼ 12 やさしい悪魔
まさか店から出るとは思わなかったのだ。
自分の思い違いが歯痒く、思わず唇を噛み締める。
ただいま〜と言って店のドアを開けると、いつもならおかえり、とふにゃりと笑いながらカウンターで迎えてくれる由里の姿がなかった。
何かしているのだろうかとキッチンや寝室、洗面所、風呂場。トイレまで覗いたが、どこにも彼女は居ない。嫌な予感が頭をよぎる。
…まさか。
思い当たるのは1つしかない。奴の所へ行ったのだ。すっと部屋の温度が下がった気がした。背筋がぞくりと泡立つ。
「由里が捕まった」
執事くんにそれだけ伝え、相手の返事を待たず電話を叩きつけるように切る。
力任せに扉を開けると、全速力で由里の後を追った。
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16時ちょうど。
カフェの前に立つレオナルドを見つけ、手を振ると爽やかな笑顔で返してくれる。
「やぁ、来てくれてうれしいよ」
そう言って微笑む彼の顔を見ると、少しだけ胸が傷んだ。
「ごめんなさい、あの…本当は行けれなくて。チケット返しに来たの」
謝罪の言葉を口にし、レオナルドにチケットを差し出す。
なんて言われるだろう。恐る恐る次の言葉を待っていると、予想外に柔らかい口調が頭の上から降って来た。
「…やだなぁ、そんなのいいよ」
顔を上げると少しだけ残念そうに笑う彼の表情があった。ちょっとだけ分かってたし。と恥ずかしそうに呟き、私の手からゆっくりチケットを取った。
レオナルドは真っ直ぐ私の目を見て、小さく微笑む。
「でもね、僕。由里が欲しいんだ」
すっと彼の目が細まり、一瞬にして冷酷な表情に変わる。
その瞬間、首に大きな衝撃が走った。
…え?
何が起こったか理解できないまま、私の意識は暗転した。
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