小説 | ナノ


▼ 10 消えない呪いはいつまでも

「由里」

久しぶりにシエルの屋敷の中庭でも散歩しようと廊下を早足で歩く。
ふいに名前を呼ばれ、後ろを振り向くといつの間にかアンダーテイカーが立っていた。

「どこ、行くんだい?」

「中庭に散歩行こうかなって」

そう言うと彼は珍しく、小生もついて行くよと私の隣を歩きだした。
最近顔を合わすことが少なかったため、こうして2人で歩くのはかなり久しぶりだ。
もうとっくに慣れたはずなのに、何処と無く緊張してしまう。

それを悟られないように、私は色とりどりの花へと意識を集中させた。
ふと横に顔を向けると、ある真っ赤な花弁に目が止まる。

「椿」

そう答えたのはアンダーテイカーだった。
西洋にはあまり馴染みのないこの花を、彼が知っていたことに驚く。

「日本によく咲いてるの。よく知ってるね」

「花の名前なんて、椿くらいしか知らないよ」

「嘘だ、いっつも仕事で百合使ってるじゃない」

それに薔薇くらい知ってるでしょうと笑うと、彼はおもむろに椿の方へ手を伸ばし、ぱきりと一輪だけ静かに手折った。

「由里、呪いって東洋にはよくあるだろう?」

「…あるけど」

唐突に出された話の脈略がわからず、少しだけ困惑する。

「例えばね、ここに咲いてる青い花を誰かが"葵"と名付け、皆がそう呼ぶようになる。すると、その瞬間からこの花は“葵“になるんだ」

アンダーテイカーは、小さく青い花を付けた雑草を手荒く千切った。

「…それが一番身近な呪いなんだよ」

私の知らない顔をした彼は、2つの花を見比べて小さく呟いた。
悲しみ、憂い、後悔。どれともつかない表情に私の胸はぐっと締め付けられる。

私はアンダーテイカーの事を何も知らない。
そんな言葉が頭の中に反響した。

あの大喧嘩から少しずつ近づいていると思っていた距離は、今この瞬間から驚くべき速さで遠ざかっていった。

思わず唇を噛み締める。
パッと視界に飛び込んできた白色に思わず駆け寄っていた。

ごめんねと心の中で謝り、根元で優しく手折ると、アンダーテイカーに差し出す。

「これスズランって言うのよ」

これで2つ覚えたねと笑って差し出すと、彼は無言で受け取る。

「…覚えておくよ」

そう言うとアンダーテイカーはふわりと口元を緩め、スズランを光にかざすように眺めた。

その光景に呆気にとられてしまったのは私の方だった。

…笑った

普段、アンダーテイカーはにやりとした笑みを顔に貼り付けているだけで、自分の感情を表に出すことは無いに等しい。
その彼があんなに優しい顔で笑ったのだ。

なんだ、そんな表情もするんじゃないか。

何故だかわからないけれど、不意に目の奥が熱くなるような気がした。

おいで、と手招きされアンダーテイカーに近づくと、長い指で私の髪を一度梳いた。
そして、そのまま手に持っていたスズランをスッと私の耳にかける。

「…君は大丈夫さ」

そんな言葉を残し、彼はコツコツと踵を鳴らして中庭を去って行った。
次第に火照っていく顔を冷ます術を、その時の私は知らなかった。


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