▼ 07 とりもどす、夏
次の日からあり得ないほど窮屈な生活が始まった。
私の魂が狙われているため、常に監視が付けられる事となり、外出禁止令を言い渡されたのだ。
アンダーテイカーは最近仕事で外に出る機会が多いため、ウィルさんやグレルが店に出入りし始めた。
「ソレにしても辛気臭い店ネ〜」
グレルの甲高い声がキャンキャンと店内に響き渡る。私は引き攣った笑顔ではははと笑うと、手に持った雑巾を絞り再び掃除を開始した。
とにかく外に出てはいけないとキツく言われているため、することが無い。
季節は夏という事もあって、葬儀屋の仕事はぐんと減っていた。
肩を斬られたトラウマもあり、あまりグレルさんとは関わりたくないのだ。
とりあえず目の前の掃除に集中しようと、人体模型くんを拭き始める。
「ちょっと〜、まだ根に持ってんの?」
私の反応が薄い事が気に入らなかったのか、グレルはハイヒールをコツコツと鳴らしながらこちらへ歩み寄ってくる。
眉間にシワが寄り、口元を歪ませた顔は正に般若のようだった。
…これは確実に怒らせてしまった。
手が振り上げられ、思わず顔を庇うと中々次の衝撃がやってこない。
恐る恐る指の隙間からグレルの様子を伺うと、彼女はこちらに何かを差し出していた。
「…あめ?」
ソレでも食べて機嫌直して頂戴と、グレルは私の隣にドカリと座る。
グレルの髪と同じ色をした飴は、私の手の中でキラキラと光っていた。
呆気にとられ、ポカンとグレルの顔を見つめていると、何見てんのヨとどやされる。
ヤンキー顔負けの口調だが、彼女の表情はなんとなく恥ずかしそうにしていた。
なんだ、良い人じゃないか。
食べ物で絆される私も私だが、その時は本当にマダムレッドを刺そうとした人と同じ人物には思えなかったのだ。
思わず顔が綻ぶ。
「ナーニ笑ってんのよ気持ち悪い子ね」
そう言うと、グレルは立ち上がり棚を物色し始めた。
気持ち悪いモノしかないじゃ無い〜と叫ぶ後ろ姿を見て、ある事に気がつく。
グレルが羽織ってる赤いコート。それはあの日、マダムレッドが羽織っていた物と同じだった。
この暑い中コートなんて物を着る行為は、とても正気の沙汰とは思えない。それでも身につけているのは、余程思い入れがあるのだろう。
あんな事があったけれど、グレルはグレルなりにマダムを大切に思っていたのかもしれないと、少しだけ感傷的な気分になる。
ふと肩口をみると、コートが破れて大きな穴がべろんと空いていた。
恐らく、私がマダムを押し倒した時についた綻びだろう。
「グレル、そのコート貸して?」
「あン?」
彼女はこれに触るなと言うように私を睨みつける。しかし、破れてる所繕うよと言うと、少し考えて大人しくコートを渡してくれた。
幸い裁縫は得意なのだ。実は仕事着用の喪服もお手製だったりする。
半信半疑で私の手元を伺っていたグレルも、繕い終わると驚いたような顔をしていた。
「…裁縫できたのネ」
「一応ね〜」
それ大切なものなんでしょう、とさり気なく尋ねると、グレルはアンタに関係ないわよと、じろりとした目線と共に可愛げのない返答をしてくれた。
「…でも、ありがと」
ぎゅっとコートを抱きしめるグレルの表情は、何とも言えない切なさで一杯だった。
なんだか見てはいけない気がして、掃除をするフリで目を逸らす。
「意外とイイ子ね、アンタ」
私の頭を小突くグレルは、もう元の戯けた調子に戻っていた。
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