小説 | ナノ


▼ 04 失笑レベル5


「やぁお久しぶり、由里さんですよね?」

バターの良い匂いにつられ、クロワッサンの美味しいパン屋さんへふらふらと吸い寄せられていた所だった。
中世的な声の持ち主に、後ろから声をかけられる。

驚いて振り向くと端整な顔立ちの男性が、私に向かって手を上げていた。
こんな二枚目の知り合いいたっけ…と記憶を辿ると、1つの光景が頭の中に浮かんできた。

「あっ…!」

以前、私が蹴った石を頭にクリーンヒットさせてしまった人だ。
あの時はどうしようかと思ったが、彼の素晴らしい人柄でなんとか事無きを得たのだった。名前は確か…

「レオモンドさん」

「レオナルドね」

「あの時は石をぶつけてしまってすみませんでした…」

丁重に再度謝罪すると、レオナルドさんは、名前を覚えてない方がショックだよ。と輝かしい笑顔で笑った。
…眩しい。後ろに後光が見えそうだ。

「ここで会ったのも何かの縁だし、僕とお茶でもどうですか?」

英国紳士らしくお辞儀をしながら手を差し伸べられ、一瞬見惚れてしまう。
彼の溢れんばかりの笑顔に流され、思わずその手を取ってしまった。

久しぶりにちゃんと女性として扱ってもらった嬉しさもあり、私は素直に頷くとレオナルドさんと共にロンドンの街を歩き出した。

彼に連れて来てもらったお店は、こじんまりとした河畔のカフェだった。
オープンテラスになっており、街を眺めながらゆっくりとお茶が飲める。
人も少なく、とても居心地の良い場所だ。

「こんなにゆっくりしたのって久しぶり」

「それは良かった」

レオナルドさんは話術が巧みで、時にジョークを混ぜながら面白おかしく話を進めてくれる。
私の話を聞きだすのも上手く、簡単に打ち解ける事ができた。
お互いに住んでいる場所や、趣味、普段していることなど当たり障りのない話から始まり、ついに予想していた質問が飛んでくる。

「仕事は何をしているの?」

どの時代、国であってもやはり葬儀屋という職業は忌み嫌われる傾向にあり、差別を受ける事が往々にしてある。
しかし、私は私なりにこの仕事に対してやり甲斐を感じているため、いつも素直に答える事にしていた。

「葬儀屋を手伝ってるの」

すると彼は一瞬驚いたような顔をし、目をまん丸くさせる。予想範囲内の反応だ。

「命を扱う仕事は大変だね」

その返答に今度は私が驚かされる番だった。
正直、曖昧に濁されるか、謝られるかだと思っていた。
葬儀屋の仕事を理解してくれる人もいるんだと思い、少しだけ好感を持つ。

その後も他愛のない話を続け、気づけば2時間近くが経過していた。
まだまだ話足りないような気がして少し名残惜しかったが、私は次の仕事があったため、ここでお開きとなった。

「また話そうよ。君の職場、裏通りの角を曲がった所だろう?」

「そう、よくわかったね」

「葬儀屋ってこの辺であそこしかないからね」

彼は遊びに行くよと言って手を振ると、爽やかに去って行った。
最後の瞬間まで恐ろしく気持ちの良い人だ。

こちらに来てから交友関係はかなり浅く、同年代の友達は1人としていなかった。
なんだか新しい友達ができたようで、私の胸は少しだけ高鳴っていた。



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