▼ 03 とっくのとおにキャリーオーバー
むせ返るような酷い匂いを洗い流すため、シャワーを浴びようと風呂場へ向かう。
血やその他諸々がこびりついた神父服を脱ぎ捨て、熱いお湯に身を沈めた。
由里に話を聞く前から、この街に悪魔が増えてきていた事は知っていた。
しかし、まさかこんなにたくさんの害獣がいるとは思わなかったのだ。
「やれやれ…災難だねぇあの子も」
火事の一件の後、つまり由里が記憶を取り戻し始めてから、彼女の魂に変化があった。色が付いてきたと言えばいいのだろうか。
例えるならば、モノクロの絵が彩色豊かに。枯れていた花が瑞々しく大輪の花に変わった様な感じである。
それはほんの小さな変化だったが、気付く者にはすぐわかるものであった。
恐らく彼女の魂の匂いが、悪魔を引き寄せているのだろう。低級ばかりであるが。
しかし、寄ってくる害獣には共通点があった。おそらく、もっと上級な悪魔の差し金だろう。
その親玉が出てくるのも時間の問題だ。
「まぁ、精々働いてもらおうかな」
長い溜息を吐くと、そのまま目を閉じた。
濡れた髪をタオルで乱雑に拭きながら、牛乳でも飲もうとキッチンへ向かう。
すると、そこにはテーブルに突っ伏してスヤスヤと眠る由里の姿があった。
目の前には数時間前に作ったとされるクッキーが置いてある。
帰ってくるのを待っていてくれたのだろうか…
「先に寝てて良いよって言ったのにねぇ」
こんな所で寝てたら風邪を引くよ、と揺さぶるが、全く起きる気配がない。
小さく息をつくと、ふとある事を思いついた。
魂の変化。それは彼女が記憶を取り戻したことによって引き起こされた。
しかし、人間の魂というのは記憶を取り戻しただけで、そう簡単に変質するものではない。
彼女の過去を見る事で突然変異の理由や、前々から感じていた違和感について何かわかるかもしれない。
そう思い始めると止まらなかった。
彼女の過去を見ようとデスサイズに手をかける。
「見せてもらおうか…君のシネマティックレコード」
大鎌を振り上げ、由里の背中に刃先がぐさりと刺さる。
血の代わりに出てきたのは、大量の映画フィルムのような物だった。
生き物のようにうねうねと動くそれを片手で掴み、はっと目を開く。
「…そんなっ…まさか!!」
次々と出てくるフィルムをかき集めるようにして目を通すが、全て結果は同じだった。
由里のシネマティックレコードには、何も写っていなかったのだ。
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