小説 | ナノ


▼ 01 お久しぶりDEATH!

あの大喧嘩から数日、私たちの生活は一見何も変わっていない。
しかし、間にあった見えない壁のような物は、少しだけ薄くなったように感じている。

それに、もう私の前で隠す必要がなくなったのだろう。アンダーテイカーは店に出ている時以外、帽子を取って顔を出すようになっていた。
無駄に端整な顔立ちをしているので、私としては心臓のためにも隠してもらっていた方が気が楽なのだが…

それでも、少しは心を許してくれたんだろうかと思うと、ほんのちょっとだけ嬉しかった。


いつものように亡骸を清める仕事を終え、棺に移すと中に飾る花が一本もないことに気づく。
そういえば、昨日全部使い切ってしまったことを思い出し、小さくため息をついた。
一言アンダーテイカーに告げると白百合を買うため、街へと繰り出した。


外はからりと晴れており、太陽の陽射しが少しだけ暑い。もう夏がくるなぁと長袖のシャツをたくし上げると、誰かと肩がぶつかった。

「っ…!ごめんなさい!」

日本人の習性で咄嗟に謝罪の言葉を口にし、そのまま慌てて立ち去ろうとすると、ぐっと腕を掴まれる。


「アンタ…どこかで見たことあると思ったら、生きてたのネ」

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには赤で統一された衣服を身につけ、黄緑色の目をしたある人物が立っていた。

「…グレル」

マダムレッドを切り裂きジャックに仕立てあげ、私の肩に重傷を負わせた死神。
私としては2度とお会いしたくない相手だった。
また何かされるのではないかと、思わず身構える。

「そーんな目で見ないで頂戴。何もしないわヨ今回は。アタシだって悪かったって思ってんのヨ〜?」

両手をあげながら甲高い声でそう嘆くグレルに、拍子抜けしてしまう。
セバスチャンと戦っている姿を見た時に思ったが、この人は…なんというかそっち系の人なのだろうか…

グレルは、ねぇ、ウィルと言いながら隣の長身スーツの男性にしなだれ掛かる。
ウィルと呼ばれたその人は、ぴしゃりとグレルさんの手を払いのけ、私に名刺を差し出した。

「私の同僚が失礼いたしました。私、ウィリアム・T・スピアーズと申します。その後怪我のご様子は?」

「あっ…あぁもう大丈夫ですお構いなく…」

神経質そうに指で持ち上げられた眼鏡の奥には、やはり黄緑色の瞳が存在した。
この人も死神なのだろう。
もう余計な面倒ごとに巻き込まれるのも御免だったため、じゃあと言って立ち去ろうとした所、肩を掴まれる。

「…最近、またこの辺で変な事件が続いてるんだけど、アンタ何か知らない?」

グレルは長い睫毛を瞬かせながら、私の顔を覗き込む。

「…変な事件って?」

「うーん、まあ悪魔絡みかしらぁ」

死体に魂がなかったり、それが動き回ったりしてるらしいのヨ。と真っ赤な髪の毛先を弄りながらグレルは教えてくれた。

悪魔…その言葉を受けて真っ先に頭に浮かんだのはセバスチャンのことだった。しかし、彼はシエルに命令された事以外何かをしでかすはずがない。
それに、一般人である私に尋ねるも見当違いだ。


「一般市民である私より、シエルやセバスチャンに聞いてみたらどうですか?」

そう伝えるとグレルは目を輝かせ、セバスチャ〜〜ンと、語尾にハートマークが付く勢いでテンションを跳ね上げた。
…やっぱりこの人あっち系だ。

「害獣風情に頼るなどおこがましい」

ウィルさんは吐き捨てるようにそう言った。
その様子に少しだけ違和感を覚える。

「あの…セバスチャンと仲悪いんですか?」

恐る恐るそう尋ねると、悪魔は死神が回収する魂を横から掠めとる、忌まわしい存在なのだと教えてくれた。

「まぁ、あのセバスチャンとやらは飼い主がしっかり手綱を握っているでしょうから、まだましですが…」

飼い主とはシエルのことだろう。
ちなみに、死神は魂を回収し損ねると良くて始末書、悪くて減給らしい。サービス残業は当たり前だそうだ。
まるで日本のブラック企業みたいな話に、少しだけ笑ってしまう。
ウィルさんはさもめんどくさそうに溜息をついた。

「だから、こんなところで油を売っているわけには行かないのです。行きますよ、グレル・サトクリフ」

そう言うと、ウィルさんは未だセバスチャンセバスチャンと叫ぶグレルさんの首根っこを掴んでずるずると引きずる。

「貴方は特に、お気をつけて」

そんな言葉を残し、彼らは街中に消えていった。


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