小説 | ナノ


▼ 17 雨と追撃

土砂降りの雨の中、私は夜の街を駆け抜ける。傘もささず、時には人とぶつかりながら物凄い勢いで走る私に、街行く人々は訝しげは目を向けていた。

真夜中、3時間ほど前に門をくぐり抜けたばかりの屋敷にたどり着く。
ドアを力任せに叩くと、蝋燭を持ったセバスチャンが扉を開けてくれた。

髪の毛からは水を滴らせ、全身ずぶ濡れ。顔は涙と鼻水と雨が混ざり、ぐちゃぐちゃになっていた。
肩で息をしながら座り込んでいる私を一目見ると、状況を一瞬で悟ったのかセバスチャンは早く中へ。と大急ぎで通してくれた。

タオルを何枚もかけられ、ホットミルクを渡される。蜂蜜が入っているのだろうか。ほんのりとした甘さが疲れた身体にじんと染み渡った。
ようやく体の震えが止まり、私はほっと息をつく。
セバスチャンはやっと落ち着いたようですね。と声をかけると私の前に座った。

「…葬儀屋さんと何かありましたか?」

その言葉にぐ。と詰まってしまった。困ったように笑うと彼は次を促すように微笑んだ。

「…やっぱりセバスチャンには何でもお見通しね」

小さく呟くと、こうなってしまった経緯を彼に話しはじめた。

彼の瞳を見て、死神だと気づいてしまったこと。それを尋ねたら何も答えてくれなかったこと。勢いのまま飛び出し、店に戻ると聞く耳持たずで私が出て行くと勘違いしていること。
…そしてそのまま彼の頬を叩いて飛び出してきてしまったこと。

私はアンダーテイカーが人間ではないと知って、怖がっているわけでも、悲しんでいるわけでもない。
ただ、それを今で私に一言も言ってくれず、尋ねても何も答えてくれなかったことが悔しくて、悲しかったのだ。

セバスチャンに今までの鬱憤を晴らすように、全てを洗いざらい話すと、再びやり切れなさ、怒り、哀しさに襲われ、目の奥が熱くなる。
彼は私の話を黙って聞くと、少しだけ微笑んだ。

「由里さんは、葬儀屋さんが大切なのですね」

「…っそんなんじゃ」

「からかっているわけではありませんよ」

セバスチャンは私の言葉を手で制すると話し始めた。

「葬儀屋さんが大事な存在であるが故に、彼に中々踏み込めずにいた。そして由里さんは自分の身をわきまえていらっしゃる分、故意にそうしていた。違いますか?」

その言葉に下を向いておし黙る。沈黙を肯定と受け取ったのか、彼はそのまま話を続ける。

「そして今回、偶然とはいえ彼の中に踏み込んでしまった結果、様々な齟齬が生じて保ってきた均衡が崩れたということでしょうか」

セバスチャンは足を組み直し、ふむ。と手を顎に当てた。

「要するに、あなたたちはコミュニケーション不足なのですよ」

…コミュニケーション不足?
私たちは毎日それなりに会話はしているし、お互いに嫌な話題は出さない。関係も良好だったはずだ。今までは。

そう伝えると彼は、それが問題なんですよと言ってにっこりと笑った。

「お互いがお互いを案じて踏み込む話題を出さない。飲み込んでしまう。上辺だけのぬるま湯のように生暖かい関係で満足している。それが今回のすべての原因でしょう」

セバスチャンは私の前まで歩み寄ると、手を取った。

「彼から拒絶されるのが怖いのでしょう?」

心の内を読みとるように目を覗き込まれ、思わず目をそらしてしまう。図星すぎて何も言えなかった。
そう。私はアンダーテイカーから拒絶されるのを何よりも恐れているのだ。

「それでも、こちらから一歩、踏み出さない事には解決しません。しかし、それにはリスクが伴う。彼の全てを受け入れる。というリスクが」

それは想像以上にしんどい事です。彼はそう言うと立ち上がる。

「もしその覚悟がないのなら、ここで葬儀屋さんとの生活は終わりにした方がいいでしょう」

セバスチャンの長い指が、私の頬をゆっくりと撫でた。

「貴方に、受け入れる覚悟はありますか?」

その言葉を聞くのは二回目だ。
アンダーテイカーを全て受け入れる覚悟。それは、私が一歩踏み出した事で彼から拒絶される可能性も含まれた覚悟だろう。
今までの彼との生活が頭をよぎった。楽しく、どこか暖かかった生活。

彼を支えたいと本気で思っていた。それが恋慕かどうかと聞かれるとわからない。
しかし、アンダーテイカーは私にとって、もう家族のような大事な存在になっていた事は間違いなかった。

時折見せるどこか哀しそうな、遠くに思いをはせるような表情。
私がほんの少しでも彼の拠り所になれれば、と心から思っていたのだ。

私はセバスチャンの方に向き直ると、しっかりと目を見つめ、大きく頷いた。
すると彼は満足そうに、それでこそ貴方ですよと微笑んだ。




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