小説 | ナノ


▼ 16 哀、と

「アンダーテイカーって、死神なの?」

まるで今日の晩御飯を聞くような唐突さと何気なさを含んで尋ねた由里の表情は、喜怒哀楽のどれにも当てはまらなかった。
一応会話の形式は疑問形であるが、何らかの確信を持ってその言葉を発している事が声音から読み取れる。

いつもの会話のように、のらりくらりとかわそうと試みるが、彼女の射抜くような視線がそれを許さず、開きかけた口を途中で噤んだ。

長い長い沈黙が続く。どう返答するのが最善か考えあぐねていたところ、由里が突然強硬手段に出た。

カウンターの前までつかつかと歩み寄ると、身を乗り出して頭から帽子を剥ぎ取る。
呆気に取られていると、もう片方の手で長い前髪を払われ、普段は隠している瞳が露わになった。
一気に晴れた視界いっぱいに由里の顔が映る。

「…やっぱり」

そうぽつりと呟いた彼女の顔は能面のようで、何の感情も表してはいない。
二、三度瞬きすると彼女は、何も言ってくれないんだねという言葉を残し、くるりと背を向けて店を出て行った。


いつから知っていたのだろうか。何故知ったのだろうか。
妙に勘が働く子だとは思っていたが、こうも早くに自分の正体を見破られるとは思っていなかった。

長年人間と共に生活していると、ほんのたまに。50年に一度くらいの頻度で自分が"人ならざる者"と見破る輩がいる。
そういう人間はすべて自分を恐れ悲鳴を上げて逃げるか、逆に刃向かおうとした。ある一人を除いて。
そういった対応をされるのにも慣れ、もう何とも思わない。

由里もきっとそうだろう。
あの子も他の人間と同じように、小生から逃げていく。
ほんの数ヶ月の間だったが、中々に楽しませてもらった。
これからの事を考えると、今の内に由里から手を引いておくべきだろう。
ちょうどいい機会だ。

もう帰ってこないかもしれないな。そんな考えが頭に浮かぶと、少しだけ胸の奥がちくりと痛んだような気がした。





「ただいま」

扉が開く重い音が聞こえ、由里がゆっくりと店の中に入ってきた。
顔をそちらに向けると、彼女はびくりと体を硬直させる。そのままふいと目をそらし、店の奥に消えた。

執事くんに由里がしばらくそちらでお世話になるかもしれないと連絡したものの、彼女は帰ってきた。
しかし、ここを出て行くのも時間の問題だろう。

ため息をついて手元の本に目を落とすと由里がいつの間にか目の前に立っていた。
どうしたのだろうか。と彼女の次の行動を伺っていると、下を向きながらあのね…と小さく呟く。

あぁ、どうせ出て行く相談だろうと思うと、勝手に口が動いていた。

「いつ出て行くんだい?」

「…え?」

やっと由里は顔を上げ、二人の目線が交錯する。
不安、動揺、恐怖。揺れる彼女の瞳にはそんな感情が映っていた。
…あぁ。気にいらない。

「出て行くんだろう?ここを」

一瞬カッとなった胸の内とは裏腹に、口から出た言葉の口調は穏やかで、それが何だか気持ち悪かった。

「ちがっ…私は」

彼女は目を泳がせながら焦って否定の言葉を口にするが、中途半端な誤魔化しや嘘は聞きたくない。

「何が?」

威圧の意味も込め、彼女にわざと自分の目を見せつけながら睨むと、彼女は息を飲んで再び下を向く。

沈黙。ずんと重くなった空気に耐えかね、もう用は済んだという風に立ち上がる。

すると突然首元を強い力で掴まれた。
驚いて下を見ると、泣き出しそうな、それでいて強い怒りを表した由里の顔があった。
先ほどのそれとは打って変わり、彼女の目は突き刺すような鋭い光を向けてくる。

「アンダーテイカーは何もわかってない!!」

そう強い言葉で言い放った瞬間、頬に熱い衝撃が走る。遅れてじんじんとした痛みを感じ、叩かれたのだとわかった。

バタンと酷い音を立てながら店の扉が閉まり、由里は今度こそ帰ってこなかった。



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