▼ 14 重なる言い訳
次の日の朝、アンダーテイカーは青白い顔をし、頭を押さえながらキッチンへ顔を出した。
きっと昨日のことは覚えていないのだろう。何事もなかったかのように、水ちょうだ〜いと私に声をかける。
水の入ったグラスを差し出すと、へなへなと椅子に座り込んだ。
水を飲みながら、彼はそういえば。と言うように口を開く。
「なんだか部屋から由里の匂いがしたんだけど、君、小生の部屋に入ったのかい?」
部屋の空気が2度ほど下がった気がする。背筋に冷や汗が流れ、恐る恐る後ろを振り向くと、今は前髪に隠されている奥の目が確実に私を捉えていた。
それと同時にむくむくと怒りも込み上げてくる。こちらとしては、善意。あくまで善意として彼の部屋に入ったのだ。
それなのにその言い分はないんじゃないかと思った瞬間、口が止まらなくなっていた。
「あのねぇ…こちとらアンダーテイカーが風邪を引くと思って、わざわざ合金みたいな重い体を担いで階段を登ったのよ!でもあんたが寝ぼけたせいで、ベッドに無理やり引き込まれた上に抱き枕にされたから私は一睡もしてないの!確かにちょっと部屋を見てみようかとは思ったけど、そんな風に言われる筋合いはないんじゃない!??」
アンダーテイカーの方にぐいぐい迫り、ここまでノンブレス。一気に捲し立てた。
彼はあまりの私の剣幕に驚いたのか、口をあんぐりとあけて、こちらをぽかんと見つめている。
しばらくその表情で固まっていたが、彼は大きく吹き出した。
「ブフッ…ブハハハッ…グヒャッヒャッヒャッヒャ!」
お腹が…!お腹が痛いよ〜と言って涙を流しながら床をのたうち回る。
最終的には地面を叩きながら、砂浜に打ち上げられた魚のようにピクピクしていた。
今度はこちらがぽかんと口を開ける番だった。
この人は私の言葉が聞こえてなかったのだろうか。というか本当に頭が逝ってしまったのだろうか。
「…へ?」
「だって…由里の顔、めちゃくちゃ面白い…ブフッ…」
そう言ってまた思い出し笑いをして這いずり回った。
私はもう怒りを通り越して呆れてしまい、怒る気も失せて椅子に座り込む。頭がほんっとうに痛い…
はぁ。と額に手を当てると、アンダーテイカーはこちらを見てにやにやと笑っていた。
「…何」
「い〜や〜?君が怒るところ初めて見たな〜と思って」
「だから?」
「小生には慣れたのかい?」
その言葉に少しだけはっとする。
気付かれていたのだろうか。
確かに私は彼に対して一歩身を引いて接していた。
火事の日の夜は別だが、あの日以外自分の素や感情を露わにしたことはなかった。
アンダーテイカーの方から線引きをされていると感じていたが、自分も同じように彼から一定の距離を置いていた事に気がつく。
なんと目敏いのだろうか。彼のこういうところが…苦手だ。
「…別にそんなんじゃないよ」
心を覗かれたようでなんだか恥ずかしくなり、彼から目線をそらした。
ふ〜んとまだ余裕の笑みを浮かべるアンダーテイカーに少しだけイライラする。
「早く仕事するよ!」
「痛いっ…!」
朝食用のパンを彼に投げつけると私は赤くなった顔を隠すように仕事場へ駆け込んだ。
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太陽の光で目が覚めた。2日酔いでガンガン痛む頭を押さえながら身体を起こし、昨日いつベッドに入ったっけと記憶を手繰り寄せる。
そこでふと、服や布団に由里の匂いが染み付いている事に気付いた。
別段部屋に入られることは気にしないが、自分の無意識下で知らない行動を取られるのは好まない。冗談交じりで凄むように由里に問うと、どうやら昨日、由里の前で眠りこけてしまったらしい。
人の前で寝るなんて小生もやきが回ったと自分で呆れるが、そういえば前にも彼女の前で寝てしまった事があったなぁと思い出した。
死神現役時代ではあり得なかった事だ。
かつて伝説の死神と謳われた自分は、人前で隙を作る事さえしなかった。
どうも最近、彼女に対してガードが緩くなってしまう傾向にあるようだ。
それが由里の性格が成せる技なのかはわからない。
「…これじゃあいけないねぇ」
アンダーテイカーの小さな呟きは、目の前の壁に吸い込まれていった。
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