▼ 13 横恋慕、はじめました
「…おっ、重い…」
すっかり眠りこけてしまったアンダーテイカーを自室に運ぼうと背中に担ぐ。
一見細い身体をしているので、私でも運べるだろうと思ったが、マジで重い。
この人合金でできているんじゃないかと一瞬疑ってしまった。
階段を一歩一歩踏みしめて登る。
あのまま放っておけば良かったと心底後悔している最中だ。寒いから風邪を引いてしまうだろうと情けをかけたのが間違いだった…
額からは滝のような汗が流れ出る。
気分は富士登山。いや、エベレストだ。
まだ3合目にもたどり着いていないが既に息は絶え絶え。滑落したら一巻の終わり。
2人分の体重で絶対に潰れてしまう。
「起きて…よ!」
耳元で叫ぶが、彼はすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てていた。
ヒヒヒっ…死体が34体、死体が35体…という
不気味な寝言も聞こえた。
寝ている時まで死体の事を考えているのかこの人は。と思わず背筋が寒くなる。
やっとの思いで二階まで上がると彼の部屋の扉を開け、乱雑にベッドへ放り投げた。
そういえばアンダーテイカーの部屋に入るのは初めてだ。ぐるりと部屋を見渡すと、全体的に黒で統一されている。
もっと怪しい本や薬、骸骨などでいっぱいなのかと思っていたが、むしろ物がなさすぎるくらいだった。
申し訳程度に机と棚が置いてあるが、棚には何も入っていない。
闇に目が慣れてきたところで、ベッドの側に何かがあるのを見つけた。
「…なんだろう」
足音をたてないように近づいて見ると、それはドアだった。どうやら向こうにもう1つ部屋があるらしい。
手をかけようとしたところで、自分の良心が顔を覗かせる。
やっぱ…勝手に開けるのは良くないよね…
人の部屋を無断で探るのは憚られたが、どうしても好奇心が抑えられない。
ごくり。と唾を飲み込み、再びドアに手を伸ばす。ゆっくりとノブを回したところで、
手首をぐっと掴まれた。
ひっ。と小さく声をあげると、そのまま後ろに引っ張られバランスを崩してベッドに倒れこむ。
気がつくとアンダーテイカーの顔が目の前にあった。
「何を…してるんだい?」
「ごっごめんなさっ…!」
驚いて起き上がろうとするとすごい力で両手首を掴まれ、ベッドに縫い付けられる。
彼の体温はいつもより少しだけ高かった。
足の間に膝を差し込まれてしまい、身動きが全く取れない。されるがままになった私はただ固まる事しかできなかった。
彼の長い髪の毛が肩からパサリと落ち、頬をくすぐる。
少しだけ彼が首を傾けると、その拍子にずれかけていた帽子が落ちた。
私を覗き込むように彼の顔が近づいてくる。
さらりと前髪が流れ、その瞬間露わになった顔に私は思わず息を止めた。
何の感情も表していない冷たい表情。目元に影を落とす長いまつげ、スッと通った鼻筋、斜めに走った痛々しい傷痕でさえ、彼の色気を増幅させている。
そして、驚愕した。
「…っっ!」
私を見下ろす冷たい目は、かすかに黄緑色の燐光を放っていたのだ。
この目の色は…
そう思った途端、アンダーテイカーは私の横に崩れ落ち再び小さな寝息を立て始めた。
そおっと離れようと身をよじると、彼は離さないとでも言うように私の腰に手を回す。自分の心臓の音がやけに煩かった。
「…クローディア」
彼がそう微かに呟いた声が、確かに私の鼓膜を震わせた。
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