小説 | ナノ


▼ 11 その手で舐めて

それから死んでしまったように深い眠りについた私は、丸1日寝通した。起きたらすでに月の光が窓ガラス差し込んでいた。

「ひどい顔…」

洗面台の鏡を見ると、目は腫れて顔は浮腫み人前には出せない顔をしていた。
少しでもましにしようと、濡らしたタオルを顔にあてる。

アンダーテイカーの前で思いっきり泣いたせいか、意外と胸の中はすっきりしていた。
いきなり記憶がフラッシュバックした事に戸惑いはしたが、記憶をなくす前の自分は両親の死を上手に受け止めていたらしい。

キッチンに行くと、良い匂いが漂っていた。アンダーテイカーが何かを作っている。

「起きたのかい」

「何作ってるの?」

「ホワイトシチューだよ」

鍋を覗き込むと、意外とまともな物が出来上がっていた。

「アンダーテイカーって料理できたの!?」

「できないわけないだろう?」

ヒッヒッヒと笑いながら何か怪しい物を入れていた。さながら魔法の薬を鍋で煮込む魔女のように。
少しだけ背筋が寒くなるが、見なかった事にする。何が入っているのかは考えるまい。

座っていると、ことんと皿が置かれた。
湯気が立ち上り、良い匂いのするホワイトシチューを前にしてお腹が鳴る。
いただきます、と手を合わせておそるおそる一さじ口に運んだ。

「…おいしい」

もくもくとシチューを食べる私を、アンダーテイカーはにやにやと笑いながら見ている。
誰かが作ったご飯を食べるのは本当に久しぶりで、何だか新鮮な気がした。

「元気になったようだねぇ」

その言葉でようやく気がつく。
彼はきっと私を元気づけようとしてご飯を作ってくれたのだ。

「やっぱり乾燥×××と△△△を入れたのがよかったんだね〜」

面白い結果が得られたよォ〜と喜ぶアンダーテイカーを前にして私の顔は真っ青になった。すでにお皿は空になっている。
前言撤回だ。今後絶対彼の作ったものは食べれない。

青筋を立てながら戸棚からマーマイトを取り出すと、瓶ごとアンダーテイカーの口に突っ込んだ。







口の周りについたマーマイトを手で拭う。
マーマイトは結構好きなので、大量に口に突っ込まれようが別になんとも思わない。そういえば彼女はこれが苦手だったっけ。

シチューを食べ終わるとお腹がいっぱいになったのか、由里はまた眠ってしまった。


よほど疲れているのだろう。
当たり前だ。伯爵と執事くんの本当の姿を目の当たりにし、悲しい過去の記憶を思い出したのだから。彼女にとっては酷な1日だっただろう。

それでも、思っていたより大丈夫そうで安心した。馬車の中のような放心状態が続いたらどうしようかと思っていたのだ。

「気丈な子だよ」

皿を洗いながら上を向くと、戸棚にラム酒見つけた。グラスを出し、少しだけ注ぐ。

ずっと気にかかっていた事が少しだけわかった気がした。
仕事を一緒にしていると、彼女は死に対してどこか一歩引いたような態度をみせるのだ。
それは他の人間と比べると珍しい反応だった。
普通の人間は死体を前にすると、怖い、恐ろしい、不気味という表情をし、親族以外は汚いものを見るような目をする。
目の前にあるのは、ただ心臓が止まっているだけで同じ人間であるのに。

しかし、彼女は最初こそ緊張していたが、生きている人間と同じように扱う。
それは過去に親しい人を亡くした経験が、無意識下にさせている行動なのかもしれない。

煽るようにラム酒を飲むと、執事くんに去り際言われた言葉を思い出した。

「随分と人間らしい表情をするようになりましたね」

小生が人間らしい…か。
ふっと口を歪めて笑う。
なめられたものだ。自分が人間らしいわけがない。

あの日、あの瞬間、小生は全てを捨てたのだから。

腰につけてあるメモリアルジュエリーを外し、しばらく見つめる。
そのまま握りしめ、額に当てた。

「もう少し…待っておくれよ」





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