▼ 10 真赤の真実
セバスチャンはシエルをアンダーテイカーに預けると、再び屋敷の中へ戻った。
どうやら死体の数が多く偽装工作は困難と判断したため、屋敷ごと消す選択をしたそうだ。
パチパチと木が爆ぜる音が聞こえ、屋敷の一角から火の手があがる。セバスチャンは何事もなかったかのように悠々と玄関から出てきた。
「危ないので下がってください」
セバスチャンに促され、馬車の方まで退却した途端、耳をつんざくような爆発音が聞こえた。
バックドラフト現象。
屋敷はあっという間に燃え盛る炎に包まれ、燃え盛る。
その光景に思わず目が釘付けになった。
赤、赤、赤。全てを飲み込む赤。
私の名前を呼ぶ声、悲鳴。
割れる窓ガラス、崩れ落ちる天井、泣き叫ぶ私。
突然流れ込んできた風景に頭が混乱する。
頭を押さえ、その場に座り込むがその映像は止まらない。まるで壊れた映写機のように。
これは…私の…過去?
「…どうしたんだい?」
アンダーテイカーが私の異変に気づき、肩を抱いてくれる。
しかし、私は目を見開き涙を流したまま動けなかった。
そうだ。あの時、私は…
まだ8歳だったのだ。
友人の家から帰ると、自分の家が真っ赤に燃え上がっていた。
信じられない光景に立ちすくむ。
燃え盛る炎の中から私の名前を呼ぶ声がしたような気がして、我に返った。
「おかあさーーん!!おとうさーーん!!」
泣き叫んで中に入ろうとするが、となりのおばさんに抱きすくめられ、止められた。
それからのことは何も覚えていない。
あの日私が失ったのは、自分の両親だった。
狂ったように泣き叫び、その場から動かなくなった私を見て、セバスチャンとアンダーテイカーは慌てて馬車に乗せる。
「由里さん!由里!!しっかりしてください!」
「由里!どうしたんだい!!」
なおも叫び続ける姿を見て、セバスチャンは思いっきり私の頬を叩いた。
その痛みでようやく意識がはっきりする。
「わ、わたし…私…」
馬車が走り出しても私は両手で自分の身体を抱え込んだまま、虚ろな目でぶるぶると震えていた。
アンダーテイカーが肩を抱こうとしてくれたが、思いっきりその手を払ってしまう。
「何か…思い出したのですか?」
セバスチャンのその問いかけに、私はぴたりと動きを止め、ゆっくり頷いた。
「…私、私ね…小さい頃両親を亡くしたの…火事だったの…中にお父さんと、お母さんがいたんだけど…助けられなくて」
そこまで言うと、アンダーテイカーはもういいよと話をやめさせてくれた。
馬車が店に到着すると、セバスチャンは本日は申し訳ありませんでした。と非礼を詫び、シエルを抱えて帰っていった。私はあれから一言も言葉を発さず、彼の言葉もあまり耳に入っていなかった。とにかく早く眠りたかったのだ。
アンダーテイカーはそんな私の様子を見て、紅茶を淹れてくれた。一口、二口飲むともう飲めない。
「大丈夫だよ」
アンダーテイカーはそう言うと私の背中に腕を回した。ふわっと香るティートゥリーの香り。いつもの彼の匂いに少しだけ安心する。
アンダーテイカーは子供にするように、よしよしと背中をさすってくれた。
「…君も大事な人を失ったんだねぇ」
その言葉に涙が溢れる。
優しかったお母さんの温もり、お父さんの大きな手が次々と思い出され、嗚咽が口から漏れた。
アンダーテイカーは神父服が涙と鼻水でびしょ濡れになるのも構わず、ずっと胸を貸して頭を撫でてくれていた。
さらさらと銀髪が顔を撫でる。
アンダーテイカーの体温が布越しに伝わり、彼の暖かさを肌に感じた。
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