▼ 09 コンコン。入ってます
早朝、いやまだ深夜の時間だった。
ドンドンと店のドアが叩かれ、眠い目を擦りながら扉を開くとシエルからの使いが立っていた。葬儀屋と共にあるお屋敷へ来て欲しいとのことだ。
今回も番犬絡みの仕事らしい。
こうして急に呼び出された事が過去に数回あったらしく、アンダーテイカーは少しだけ苦い顔をしていた。
「あんまり気がすすまないねぇ」
そう言って動こうとしないアンダーテイカーを無理やり引っ張るが、彼はカウンターに突っ伏したままだ。
諦めて、いつものように準備を始める。
葬儀屋の仕事として地方へ出張に赴く事は何回か経験があった。
アルコール、タオル、それから花も用意しないといけない。棺はいくつ必要だろうかと尋ねると、今回はいらないよ。と言って彼はひらりと手を振った。
「今日は葬儀屋としての仕事じゃないからねぇ」
その言葉の意味を身を持って知るのは数時間後となる。いつの間にか準備を終えていたアンダーテイカーに、早く行くよと急かされ、慌てて迎えの馬車に乗り込んだ。
道中、気になっていた事をアンダーテイカーに尋ねる。
「…今日は情報屋としての仕事なの?」
葬儀屋の仕事ではないのなら、消去法的にそうなる。しかし、情報屋の仕事なら私が付いていくのも変な話だった。普段だったら私が関わる事を嫌うというのに。
「うーん…そうといえばそう。違うと言えば違うのかなぁ」
煮え切らない曖昧な返答に首を捻る。
「まぁ、とにかく。小生は由里がこの件に関わるのは反対だったんだけど。伯爵から連れてこいとのお達しがあったからしょうがなくねぇ」
シエル達が私を名指しで呼び出したらしいのだ。前回の切り裂きジャック事件は例外中の例外だったとはいえ、彼が番犬の仕事の件で私の力を必要とするとは到底思えない。
彼には有能なセバスチャンが付いているのだから。
私はさらに首をひねる事となった。
「その仕事の内容っていうのは?」
アンダーテイカーは顔を上げ、にやりと肩頬を歪ませた。
「"あとかたづけ"だよ」
日が昇る前にその屋敷へ到着する。木立の中にあるそのお屋敷はひっそりとしており、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
すぐ背後で物音が聞こえ、思わずびくりと反応してしまう。
カラスがバサバサと大きな黒い翼を広げ飛んで行き、屋敷の屋根に止まった。
玄関まで進むと、誰かがゆっくりと扉を開けて出て来た。
「セバスチャン!!」
久しぶりの再会に思わず声を上げてしまう。セバスチャンは少しだけ微笑むと、人差し指を唇にあて、お静かに。というジェスチャーをした。
「お待ちしておりました。葬儀屋さんは中へ。由里さんはここでお待ちください」
「ヒッヒッヒ…今回も派手にやったのかい」
そう言うと彼らは屋敷の中へ消えて行こうとする。私だけ残される事が不満であり、何よりこんな所で1人になるのは怖かった。
ついて行こうとすると、セバスチャンに手で制される。
「ここから先は貴方が見るべきではありません」
「…でもっ!」
「…由里。ここでいい子にしておき」
アンダーテイカーの低い声音に何も返せない。…わかったと諦めたように言い放つと彼らは闇の中に消えて行った。
何も見せたくないなら連れて来なければいいのに…そんな事を考えながら屋敷の玄関でうずくまる。
何分経っただろうか。膝を抱え頭を下にして項垂れていると、ふわりとマントをかけられた。
「終わったよ」
隣に座る人物は見なくてもわかる。しかし、いつもと何だか違う匂いが混ざっていることに気づき、思わず顔を上げる。…これは。血の匂い?
アンダーテイカーはどこも怪我をしている様子はない。ということは…。
私の怪訝な顔を見て、彼は困ったように笑った。
「…言ったろう?あとかたづけだって。」
今回の仕事は、シエルとセバスチャンが始末した人々の死体を、うまく自然死に偽装することだったらしい。
彼らが女王から特別な任務を与えられている事は知っていたが、まさか殺人まで犯すとは思わず、ショックで言葉が出なかった。
「伯爵は由里に知って欲しかったんだと思うよ。伯爵がどんな仕事をしているか。…君はそれを知っても尚、彼らを信じられるかい?」
しばらく沈黙してしまう。頭がついていかない。しかし、アンダーテイカーから匂ってくる"それ"が事実を物語っていた。
ファントムハイブ邸で彼らと過ごした時間が頭を駆け巡った。シエルの傲慢だがどこか可愛らしい態度、セバスチャンの紳士的で優しい振る舞い。お茶会、パーティ。シエルに教わったチェス…。そして最後に告げられた言葉。
「…うん、信じられる。…だってシエルは私を仲間だと言ってくれたもの!」
顔を上げ、そう強く断言した。
「…だってさ、伯爵」
後ろを振り返ると、セバスチャンに抱きかかえられたシエルがいた。
今回の仕事は大変だったのだろう。彼らはボロボロだった。
「こんな僕たちの姿を見てもか」
シエルの青い目がこちらを見据えていた。
深く、濃いブルー。その目は一体どれほどの修羅場を写してきたのだろう。
「…うん」
しっかりその目を見つめ返し、力強く頷く。シエルは安心したように目を閉じ、意識を失ってしまった。
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