小説 | ナノ


▼ 08 吐露は美しく

ボーン、ボーン、ボーン

店の大きな時計が鳴り、日付が変わったことを告げる。帳簿の計算と睨めっこを始めてから早3時間がたとうとしていた。
とっくに帳簿は書き終わり、もう計算確認も三巡し終わったところだ。やることがなくなり、店のカウンターに突っ伏す。

「遅い…」

日付が変わってもアンダーテイカーが帰ってこないのは初めてのことだった。いつも遅くても23時までには帰って来ていたのに。

作った夕飯はとっくに冷めていた。
今日は日本式の鍋をしようと思ったのだ。

野菜不足のアンダーテイカーにどうにかして栄養をつけようと考えた末、思いついたのが鍋。
一度で野菜と肉ががたくさん食べれる上に、材料を切って煮込めば完成する主婦には優しい料理だ。

主婦…?
いやいやいやいや私はアンダーテイカーの奥さんなわけではまったくないしあんな人絶対旦那さんに絶対したくないしありえない!!

とにかく、鍋を1人でつつくのは味気ないと思い、彼の帰りを待っていたがこんな時間になってしまった。という訳である。

「お腹減ったなぁ…ねぇ人体模型くん」

後ろにある人体模型に話しかけるが答えは返ってこない。あたりまえだ。彼は目を光らせ、こちらの方向を向いていた。

ぶるっと寒気が走り、慌てて人体模型くんを反対に向かせる。
ただでさえ薄気味悪い店で、深夜に人体模型から熱い視線を向けられるシチュエーションは怖い以外の何物でもない。

彼の後ろ姿を見つめ、あの姿だったら寒いだろうなぁ、私の心臓のためにも、今度服でも着せようかと考えはじめた。

それにしても遅い。本当に遅い。
何かあったのだろうか、まさか事故にでも…

とそこまで考えた時、表のドアがギィィイと音を立てて開いた。

「おかえりなさい!」

思わずそう言うと、そこには見知らぬ男性が立っていた。
アンダーテイカーと間違えた事に気がつき、思わず顔が赤くなる。

「す、すみません間違えました。…あのご用件は?」


と、そこまで言って気が付く。表には馬車。外には使用人らしき人が控えている。
身なりからして貴族のようだ。

…こんな時間にこのような場所へ何の用だ?

「アンダーテイカーはいるかい?」

情報屋の仕事を頼みに来たのだろうか。思わず身構え、彼に訝しげな目線を送る。

「…いいえ、まだ帰っていませんが」

そうか。と男性はポケットから一通の手紙を差し出した。

「これを彼に。要件は言わずともそれを見ればわかると伝えておいておくれ」

そう言うと私の返事も聞かずに、外へ出て行った。怪しい人だ。

受け取った手紙を見ると、封がキチンとしてある。裏には鳥が羽を広げた紋章が書かれていた。
これだけでは何もわからない。

ふぅ。とため息をつくと再度ドアが開けられた。
またあの人が来たのかと振り向くと、今度こそアンダーテイカーが立っていた。

「おかえりなさい…」

彼はあぁ。とだけ小さな声で呟き、カウンターへ突っ伏す。さっき私がしていたみたいに。

どうやらかなりお疲れのようだ。紅茶淹れてくるね。と言ってキッチンに引っ込む。
いつもは淹れないが、今日の様子を見て多めにミルクを入れた。
牛乳にはリラックス効果があると言われているのだ。

ことん。と彼の前にマグカップを置くと、無言で喉を鳴らしながら飲んだ。
ふぅと長く息を吐くと頭の上にのっかっている帽子を取る。

「…まだ寝てなかったんだねぇ」

「ちょっと気になって」

…そうかい。と言うと再びマグカップに口をつけた。

「そういえば…さっき貴族の男性が来て、これを置いていったよ」

先ほどの手紙を彼に差し出すと彼は一瞥し、驚いたように私の手から手紙をひったくる。
その動作に私は少し驚いた。

「…差出人は?」

「中身をよめばわかるとだけ」

しばらくその手紙を無表情で見つめると、乱雑にポケットへしまった。

アンダーテイカーはにやりと口を歪ませ、早く寝ないと美容に良くないよ。と私の頭をくしゃりと軽く撫でて階段に向かった。

その動作に、ああ。またこれか。と落胆する。線引き。これ以上は入ってくるなという明らかな拒絶。

わかっている。わかっているのだ。私が彼に干渉するのは間違っている。まるでお門違いだ。

階段を早足でかけあがり、今にも自室へ入ろうとするアンダーテイカーに声をかける。


「アンダーテイカー!!」

彼は全速力で階段を登って来た私を見て驚き、足を止めた。

「どうしたんだい?」



「……なんでもない、おやすみ」


それだけしか言えなかった。何も言えなかった。

私は彼を…知らなさすぎるのだ。


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