小説 | ナノ


▼ 07 メッセージをどうぞ

お昼を少し回ったところで、昼食を作ろうとキッチンへ向かった。そういえば、この間お葬式の依頼主がお礼と言ってたくさん置いていったジャガイモがある。

炊事はほとんど私が担当していた。
アンダーテイカーに任せると、大概山盛りの骨型クッキーが出てくるのだ。
一体今まで何を食べてたのかと問い詰めると、このクッキーだよ、と当たり前のような顔をして答えられてしまった。
クッキーだけで栄養が賄えるわけがない。
だからアンダーテイカーはあんなに青白く、病的で細いのだ。

そんな余計なことを考えながらジャガイモの皮を向いていると、つい手が滑ってしまう。
ぐさり。とした生々しい感触があり、手元を見ると親指の付け根から血があふれていた。

「あー、やっちゃった…」

蛇口をひねり、傷口をおそるおそる洗う。
止血は傷を心臓より上にするんだっけ。
と手を上にあげるが、一向に血が止まる様子はなかった。

仕方ない、包帯を探そうと、店先へ移動する。

「あれー。ここにあったはずなんだけどなぁ」

いつもアンダーテイカーが仕事で使う包帯を見つけようと、棚をごそごそと漁るが見つからない。その間にも血はだらだらと流れ続け、肘の方まで垂れてきていた。

「どうしたんだい?」

後ろから声をかけられ、ひょいと腕を掴まれる。

「あー、皮をむいてたらちょっと切っちゃって。それより包帯知らない?」

彼は私の問いかけには答えず、患部を凝視するとそのままペロリと血をなめとった。
ズズッと音を立てて流れ出る血を吸い取る。傷口に舌を這わされ、ぴりりとした鋭い痛みが手元に走った。

いつもとは違う妖艶な雰囲気で、私の手を取る彼の表情に思わず固まってしまった。
彼は自分の口元についた私の血を舐めると、こちらに顔をむける。

「唾は消毒液の代わりになるんだよ」

「あ…ありがとう」

アンダーテイカーは自分の懐から包帯を出すと、くるくる手早く私の手に巻きつけ、はい、終わり。と言って仕事に戻ってしまった。

キッチンに戻り、思わずシンクの前で座り込んでしまう。
先ほどのアンダーテイカーの表情、行為を思い出して顔が熱くなる。

あれはずるいでしょ…

あの人はたまにああいう事を平気でするから怖いのだ。冷たい手で火照る顔を冷ますと、皮むきを再開した。




ジャガイモとほうれん草のガレットを2人で黙々と食べる。先ほどの一件があり、私は少しだけ気まずく、何も言葉を発せないでいた。
すると、アンダーテイカーはそういえば、というように赤いカバンを私に差し出す。

「由里が持っていた鞄だよ〜、ずっと渡し忘れていたんだ」

アンダーテイカーが私を拾ってくれた時、一緒に持ってきてくれたのだろう。そういえばこんな鞄使っていたと思い出し、中を開く。

ハンカチ、鉛筆、ノート、財布。

特にこれといって大事な物は何も入っていない。奥に手を入れると、何か固いものが手にあたる。
不思議に思い、出してみると一冊の手帳が入っていた。

「…なにこれ」

「君の物じゃないのかい?」

「…わかんない」

「まぁ、由里は記憶喪失なわけだしねぇ無理もないか」

しばらく考えて思い出そうとするが、思い当たる節がない。思い出せないだけなのだろうか。私の過去の記憶が消えてしまったように。

もしかして、何か記憶のヒントがあるかもしれないと思い、ページをめくろうとするが開かない。
手帳にはご丁寧にも鍵がかけてあった。

鍵が入っていないか、もう一度鞄の中を確認するが他には何も見つからない。
何か記憶に繋がるような事が少しでもあったら…と期待した分、落胆は大きかった。

「何か、過去について思い出したことはあるかい?」

「残念ながら…なんにも」

そう言って大きなため息をつく。
こちらの世界に来てもう2ヶ月近くがたとうとしていたが、自分の記憶に関する手がかりは何も掴めないでいた。

「まぁ、焦ることはないよ」

そう言ってくれるが、焦燥感が薄れることはなかった。
アンダーテイカーは、洗い物は小生がやっておくよと言い、机の上の皿を全て下げてくれた。
積まれた陶器の皿が、ガシャンと音を立ててシンクに置かれる。それがひどく、耳障りに聞こえた。




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