▼ 05 千年ループ
葬儀屋の仕事は思っていたより重労働だった。仕事がない時は一日中カウンターで店番をするだけで良いが、いざお客さんが来ると目まぐるしい忙しさに襲われる。
まだ掃除や物運び、花の調達やお葬式の手配といった雑用しかしていないが、猫の手も借りたいとはこの事だ。
これを全て1人でやっていたアンダーテイカーに、尊敬の念さえ感じる。
昨日3人のお葬式を終え、今日はここに来てから初めての休業日だ。店先の看板をopenからcloseへひっくり返し、店内に戻る。
手を腰に当て、改めてお店の中をぐるりと見渡す。そこら中に蜘蛛の巣が張られ、床には血痕やよくわからない液体の痕、電球も一つ切れていた。いくらなんでもお店にしては汚すぎる。これでは決して人は寄り付かないだろう。
「…まぁ葬儀屋に人がたくさん来てもしょうがないけどね」
一息つき、雑巾をありったけ持ってくると大掃除をはじめた。
「うーん…こんなもんかなぁ」
あいたたたたと中腰の体制で固まった腰を伸ばす。店内は大体綺麗になった。電球も取り替えた。床も綺麗に磨き上げた。なんとなく店内が明るくなったように感じる。
最終関門。残すは不気味な戸棚だけだった。
何かのホルマリン漬け、骨壺、ラベルの貼られた瓶。その他様々な物が収められている。
正直この棚は気持ち悪すぎて、あまり触りたくなかったのだ。しかし掃除をやると決めた今、手を出さないわけにはいかない。
まずは「目」とラベルの貼られた瓶を手に取り、拭いていく。
「まさか本当に目が入ってるわけじゃないよね…」
耳の近くで振って見ると、からから音がした。乾燥したものが入っているようだ。
おそるおそる蓋をつまみ、開けてみようとすると
「わあっ!!」
「ぎゃあああああ!!!!」
後ろから脅かされ、思わず前にすっ転ぶ。
アンダーテイカーは色気のない声だねぇと言いながら私の手を引っ張って立たせてくれた。
「いきなり脅かさないでよ!」
「ヒッヒッヒ…君の驚いた顔、面白かったよ〜」
私が開けようとした「目」の瓶は彼の手の中にあった。本当に目が入っているのか尋ねると、秘密だよと教えてくれなかった。
「そうそう、仕事を教えようと思ってね、君を呼びに来たんだよ」
「なんの?」
「ん〜?お客さんのお清めさ」
そう言って連れてこられたのは地下室だった。昨日の晩運び込まれて来た2人の姉妹。
工場の一酸化炭素中毒で亡くなったらしく、眠っているかのような綺麗な亡骸だ。
「小生がまずこっちの子を綺麗にするから、真似をしながらやってごらん」
アンダーテイカーはまず、全身を水とアルコールで拭き始める。それが終わると真っ白なドレスを着せ、上体を起こして髪をとかし始めた。綺麗に結い直すと胸の上で手を組ませ、最後に薄く化粧を施していく。
彼が亡骸に触れる手は、まるで愛しい我が子に接するように優しく、労わりが感じられた。
あっという間にできたそれは、正に芸術品と言って良いものだった。青白い顔色は桃色に染まり、口元には紅が挿してある。
ほんの少し表情も柔らかくなったようで、今にも生き返りそうな様子だった。
作業も信じられないくらい手早いが、決して手は抜かれていない。むしろ丁寧すぎる作業だ。
アンダーテイカーの圧倒的とも言える仕事に息を飲む。彼の手は本物だった。
「由里、やってごらん。見ててあげるから」
そう促され、少し震える手でもう一方の亡骸に手をかける。亡くなった人を見るのはもう慣れていたが、実際に触れるのは初めてだった。
彼の手順を頭の中で思い出し、ゆっくりと作業を進める。
途中途中で、もう少し丁寧に拭いてあげ、とか、そこは持っちゃいけないよなどといったアドバイスを細々受け、なんとか最後までやりきった。
その後、白ゆりを敷き詰めた棺の中に2人を収め、今日の仕事は終了した。
「…終わった…」
どっと緊張の糸が切れ、へなへなとその場に座り込む。
「よくやったねぇ、まさか最後までやりきるとは思わなかったよ」
アンダーテイカーは口の端を持ち上げてにやりと笑う。おつかれ、と紅茶を手渡してくれた。
「どうだったかい?」
「…そうだなぁ。…初めはちょっと怖かったんだけど、この人たちも生前私たちと同じように笑って、泣いて生きてたんだなぁと思うと、お疲れ様、ゆっくり休んでね。っていう気持ちしかわいてこなかった…」
「…それがわかればいいんだよ」
アンダーテイカーは私の頭をぐしゃりと撫でると、再び一つの棺を開け、故人の白い顔を見つめる。
「この子も、君も、みーんなおんなじさ。死んだら皆おんなじなんだよ」
その言葉の真意がわからなかった私はただ、黙って彼を見つめることしかできなかった。
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