小説 | ナノ


▼ 03 一緒ってなんかトキメクやん?

慌てて応接室まで向かうと、シエルの他に、アンダーテイカーと劉が呑気に紅茶をすすっていた。

実は私が怪我をして寝込んでいる間に、アンダーテイカーは自分の店に帰ってしまったので、会うのは実質1週間ぶりとなる。
劉はパーティの時以来なのでもっとだ。

「やぁ、子猫ちゃん久しぶり〜、なんか大変だったみたいだねぇ。でも容疑が晴れてほんとよかったよ〜」

劉の言葉に素直に頷くが、少しだけマダムレッドのことが頭をちらついた。それと共に、ちりっと胸の奥が痛む。
その表情をシエルが察したのか、話題をすぐに変えてくれた。

「実は明日からタウンハウスへ行くことになった」

「タウンハウス?」

ってなんだろうと聞き返すと、どうやらロンドンに第2の屋敷。まあ別荘みたいなものを持っているらしく、仕事の都合で2週間ほどそちらへ行くらしい。

そこで私をどうするか。という話になったみたいだ。ここに置いてもらっていたのは、切り裂きジャック事件のためであり、解決した今、私はもうここにいる理由はない。

平たく言えば用済みということだ。

「そ、そうよね、私もうここにいる理由はないもんね」

「…別にいたいならいればいい」

胸の内を悟られないように、安いところで小さな借り家でも探してみるよ。と笑顔で切り返した。

忘れていたのだ。この世界で私は一人だということを。
あくまで私たちは利害の一致で共に行動していただけ。少しでも良い友達ができた。と勘違いし、ぬか喜びしていた自分が恥ずかしく、腹立たしかった。

ちょっとだけ、悲しかった。


この気持ちをなぜか知っていた。
この孤独をどこかで私は感じたことがある。

誰も助けてくれない。手を伸ばしても掴んでくれる人はいない。

もがいても、もがいても、ただ水底に一人沈んでいくような、この感覚。


ぽん、と肩を叩かれた。そこでやっと、ぎゅっとスカートを握りしめたまま下を向き、黙りこくっていたことに気づいて慌てて笑顔を作る。

「坊ちゃんがそんな言い方するから由里さんが勘違いしているじゃないですか」

「…っな、僕はそんなつもりじゃ!」

…勘違い?さっき出て行けと遠回しに言ったじゃないか。何を勘違いするというのだろう。

セバスチャンはやれやれと言った風に頭をふる。シエルは横を向きながらぶっきらぼうにこう告げた。

「由里はマダムレッドを助けた。僕の恩人だ。好きなだけここにいればいい。…今度は僕がお前を助ける番だ」

…私を助ける??

「貴方は今記憶をなくしている。それを取り戻すお手伝いをしようと言っているのです。だからいつまででも、由里さんはここにいていいのですよ」

セバスチャンはにこりと微笑んでそう言った。

「でも2週間も私たちがいないとなると、貴方はここに1人だけになりますし、連れていくと言っても……って由里さん?」


気づくといつのまにか、私は目から大粒の涙を流していた。

「…えっ?あれ、あれっ?」

拭っても拭ってもどんどん溢れ、頬を伝う涙は止まらない。
突然泣き出したため、皆がどうした、どうしたと言って駆け寄ってきた。

「まだ肩が痛むのですか?」

セバスチャンがそうっと背中をさすってくれる。

「ちがう、…ちがうの…私、嬉しかったの。ずっと1人だと思ってた。ここに来るまで」


なのに皆優しくて、助けてくれると言って、とても嬉しかったのだと、途切れ途切れになりながらそう伝えると、シエルは呆れたように笑いながら私の手を取った。

「何を言っているんだ。お前はもう僕たちの”仲間”だろう?」

仲間。それは私がずっと欲していたものだった。欲しくて欲しくて、それでもずっと手に入らなかったもの。

「坊ちゃんもたまには良いことをおっしゃる」

セバスチャンは苦笑すると、シエルはうるさい、ただ使える駒が増えて嬉しいだけだ。と顔を赤らめて言った。

「ほら、由里。そろそろ泣き止まないとみっともない顔がさらにみっともなくなるよ〜?」

とアンダーテイカーにハンカチをごしごし顔に当てられた。うるさいなぁと布越しに喋ると、パッと手を離される。

「…君は笑顔の方が似合っているよ」

ぼそっとそう一言呟く。意外な彼の一言に目をぱちくりさせていると、なんて顔してんだいと再度ハンカチを押し付けられた。

その様子を見ていたセバスチャンは、手をパンッと鳴らし、良いことを思いつきました。と輝かんばかりの笑顔で言った。

「由里さんをここに1人残すのも気がかりなので、彼にあずかってもらいましょう!」


彼?


セバスチャンの手が指し示す方向を見ると、帽子を被った銀髪の真っ黒な変人がいた。

「アンダーテイカー!!??」
「小生かい!?」

同時にそう叫ぶと、ほら息ぴったりじゃないですかとセバスチャンに微笑まれる。

「いや、だって「お嫌ですか?」」

セバスチャンに詰められ、珍しくアンダーテイカーは動揺していた。

「嫌じゃあないけど…」

「じゃあ決まりですね、いいですよね由里さん」

そう言うとセバスチャンは、こちらを笑顔で振り向いた。
ここで私に残された選択肢はYESしかない。逆らったらやばいと本能が告げていた。
顔をひきつらせ、こくこくと頷くと、セバスチャンは満足したように昼食を作りに行った。


こうして私とアンダーテイカーの生活がはじまったのだ。






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