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▼ 02 姿形は違えども

肩の傷口も大方ふさがり、右腕も上がるようになってきた。今日から歩き回って良いとお医者さんに許可をもらったので、中庭に行って散歩でもしようと着替えはじめる。

ファントムハイブ家の中庭は、植物園も顔負けな程種類豊富な花々が育てられている。
まぁフィニーが時々失敗して全滅させたりしているのだが…。それでも翌日には元に戻っているのが少し不思議だった。

コンコン。とノックの音がしてセバスチャンが紅茶を持って入ってくる。

「由里さん、肩のお加減はいかがですか?」

本日の紅茶はインド産のアッサムですと、目の前にミルクとティーカップが置かれる。

「うん、もうすっかり良くなったみたい。来週には包帯も外せるって!」

「それは良かった」

セバスチャンはにこりと微笑むと、失礼します。と立ち去ろうとした。相変わらず隙のない笑い方をするなあ…と思ったところで、ふと彼を呼び止める。

「今から中庭へ散歩にでも行こうと思うんだけど、セバスチャンもどう?」

そう言うと、昼食の準備がありますので。と断られてしまった。しかし何を思ったか、そのまま私の側まで来ると私の耳元に口を寄せる。

「…それに、私が”悪魔”で執事である事をお忘れなきよう…」

それを聞くと私は思わず吹き出してしまった。

「ふふっ…くふふふっ…あはははははっっ…セ、セバスチャンが…ダジャレを…ふふっ…」

まさか彼がこんなしょうもない冗談を言うと思っておらず、くの字になって大笑いしてしまう。

その様子をセバスチャンはぽかんと。とわけがわからないと言うように見つめていた。
しかし我に返ったように、はしたないですから大声で笑うのはお辞めなさい。と手首を引っ張られる。

「まったく…冗談ではないのですがねっ」

私の手首を掴み、ひょいと引っ張られ無理やり立ち上げられる。じりじりと後ろまで追い詰めると、そのまま手首を壁に縫い付けられてしまった。

「な、なにセバスチャン」

眼前にセバスチャンの顔が迫る。彼の目は細められ、怪しい光を放っていた。心なしか瞳が紅っぽく染まっているように感じられる。

「ここで食われてしまうかもしれない危険性を、その身で体感してもらおうかと思いまして…」

舌舐めずりする彼の顔は妙に妖艶だ。セバスチャンが人間ではなく、悪魔ということは理解している。だけど目を見ればわかるのだ。
…彼は絶対に私を食べたりなんかしない。少なくとも今は。
それに今まで私にしてくれた行動を考えると、とてもそんな人には思えなかった。
…自分がそう思いたいだけかもしれないけど。

「それはないよ」

「どうしてそう言えるのです?」

「目がそう言ってる。…それに、今まで私が見てきたセバスチャンも”セバスチャン”でしょ?」

そう目を見て告げると、彼は諦めたように、全く貴方って人は…と呟くと腕を解放してくれた。

「…今日はこちらが降参です」

そう両手を上げて負けましたというポーズを取る。よく考えるとここに来て、セバスチャンを負かしたのって初めてじゃないかな。よっしゃ。心の中でガッツポーズをきめた。

彼は今度こそ部屋を出ようとドアに向かうが、ぴたりと足を止め、懐から懐中時計を出す。しばらく見つめ、パチンと蓋をしめると、振り向き様にこう言った。

「15分だけなら、散歩にお付き合いしますよ」


その後、きっちり15分。セバスチャンは散歩に付き合ってくれた。
彼は私が花の名前を訪ねるたび、全て教えてくれた。花の名称、科目、学名、植える時期全てだ…。庭園全ての花を暗記しているらしい。恐ろしい頭をしている。この人を敵に回したらいろんな意味で怖いだろうなぁと見当違いな事を考えていたら、2階の窓からシエルが顔を出した。

「セバスチャン、由里。話があるから今すぐ来い」




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