▼ 22 だれかが背中を押す
身体を起こすと見覚えのある部屋にいた。
ああ、またか
どうやらまた、バードンさんの店へ来たようだ。
…ということはグレルに肩を刺され、あのまま私は死んだのか…短かったな第2の人生…
たった10日間ほどの間だったが、あちらの世界で過ごす時間はとても楽しかった。
シエル、セバスチャン、アンダーテイカ、そして…マダム。いろんな人と出会い、皆優しく接してくれた。頭の中を走馬灯のように思い出が駆け巡る。
もう戻れないのかと思うと、じくりと胸が疼き、少し寂しく感じた。
「…そういえばお礼、言えなかったな」
感傷に浸っていても仕方がない。
いつまでたってもバードンさんは現れないので、きょろきょろと店内を歩き回る。
「バードンさーん?」
店内はこじんまりとしているが、決して悪い雰囲気ではない。
アンティークであるかと思えば、現代芸術のような作品まで、年代、デザイン、色に至るまで、てんでばらばらなオブジェや絵画が並んでいる。バードンさんのセンスが良いのだろうか。不思議と全ての調和がとれているようだった。
ふと、一粒の深い青緑色をした石のネックレスが目に入る。
手に持ってかざすときらりと光った。
「…綺麗」
「中々お目が高いね、由里」
後ろを振り向くと、バードンさんがにこりと微笑んで立っていた。
まぁ座りなさいと促され、カウンターに腰をかける。
アプリコットサワーです。と言われ目の前にショートグラスが出された。
ピンクチェリーの入った淡いオレンジの液体を煽るように口に運ぶ。
グラスを置くと、からんと氷の鳴る音が聞こえた。
「…私、また死んじゃったんですね」
そう俯きながらぽつりと呟くと、バードンさんは可笑しそうに笑った。
「いいえ、まだ生きてますよ」
「…えっ!?じゃあなんでここに?」
驚いてがたん、と立ち上がるとグラスが机の上で倒れた。まぁまぁ落ち着いてと諌められ、再び座り直す。
「そうだねぇ…今回は私が用があったんだよ」
「バードンさんが?」
彼は溢れたカクテルを拭き取りながら、うん。と楽しそうに答えた。
「これから君は様々な事に巻き込まれていくだろう。それは避けられない。」
バードンさんの予言めいた言葉に、私は何も言えなかった。もうすでにいろいろと面倒事に巻き込まれている。容疑者扱いから始まり、今は肩を刺されている真っ最中だ。
「だから、由里にプレゼント」
そうウインクすると、さっき私が手にとって眺めていたネックレスを差し出された。
彼は私の背後に立ち、するりと首に手をまわす。見ると、深い青が胸で光っていた。
「きっと、それは君の助けになってくれる」
そう言うと私の目に手をやり、目蓋を強制的に閉じさせる。
じゃあまたね、という言葉と共にバードンさんの姿は見えなくなった。
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