▼ 20 染まっていく赤に祈りを込めて
翌日深夜、シエル、セバスチャン、アンダーテイカ、そして私の4人はイーストエンドのある一角で張り込みをしていた。
「寒い…」
もうかれこれ2時間は立っているが、人っ子一人通る気配はない。
「本当にここへ現れるのか?」
シエルは体を震わせ、口から白い息を吐きながらセバスチャンに問いかけた。
「ええ、入り口はあそこしかありませんし、通り道はここだけですから」
私たちが立っているのは次の被害者であろうメアリーケリーの住む長屋。ここで待っていれば犯人は現れるはずだった。
「それにしても遅いねえ。もう日付けが変わってしまったよ」
アンダーテイカーは左手にはめている時計をこつこつと叩きながらそう溢した。
私は冷え切った手を温めるように息を吹きかけ、少しでも寒さを紛らわせようと足踏みをする。
今日は月が高いなぁと、空を見上げた瞬間
「ギャァァァァァアアアアアッッ」
とつんざくような悲鳴が響き渡った。
「…なっ!!そんな、誰も部屋には入ってないはず!」
シエルはばっと叫び声がした方を振り返り、信じられないといったように呟いた。
「急ぎましょう」
セバスチャンの言葉に、弾かれたように走り出し、メアリーケリーの家の扉を力任せに蹴り開ける。
鼻につく鉄の匂い。バケツいっぱいぶち撒けたように飛び散った血痕。…そして見るも無残な姿になった女性の死体。
「見ちゃだめっ!!」
あまりの光景に思わずシエルの目を手で隠す。が、遅かったようだ。その場で彼は思いきり吐いてしまった。当たり前だ。私でも吐き気を我慢しているのに、少年には刺激が強すぎる。
コツコツと足音を響かせ奥から姿を現したのは、全身血に塗れたグレルだった。
「随分と派手に散らかしましたね、グレル・サトクリフ…いや、切り裂きジャック」
セバスチャンの問いかけにグレルは反論するが、言い訳はきかない。状況証拠が全てを示していた。
「あとは私が片付けます。アンダーテイカーは由里さんと坊ちゃんをよろしくお願いします」
そう告げると、セバスチャンはグレルの元につかつかと歩み寄った。
あの気弱そうに執事をしていたグレルの面影はどこにもなく、真っ赤な髪と同じくらい真っ赤な服を着た別人が立っていた。
「片付けるってアタシのこと〜?そんなヤワじゃないわよア・タ・シ」
口調まで変わっている。語尾にハートマークがつきそうだ、というかオネエキャラだったという事実に驚きが隠せない。
「貴方のような存在が執事をしていたとは。それらしくお上手に振る舞われていたじゃないですか」
「ンフッ、そーおー?アタシだって悪魔が執事をしていたのなんて初めて見たわよ」
その言葉を皮切りに、セバスチャンとグレルの戦闘が始まる。どこから出したのか、グレルはチェーンソーのようなものを振りかざし、セバスチャンはナイフとフォークで応戦していた。
思いっきり金属がぶつかる音がし、思わず耳を塞ぐ。チェーンソーの刃がセバスチャンの顔を掠め、シルバーがグレルの肩に突き刺さる。
二人とも上手く避けているが、明らかにお互いの急所を狙った"殺し合い"をしていた。
「どうして貴方のような死神がこのような事を?」
「そうねぇ、一人の女に惚れ込んじゃったってとこかしら」
悪魔?死神?どういうことだ。聞きなれない言葉に頭が混乱する。アンダーテイカーに問いかけようとした所で、誰かがこちらに歩いて近づいてきた。
「…マダムレッド!」
「計算違いだったわ、まさかバレるなんてね」
そう皮肉めいた言葉を吐き、彼女は私を睨みつける。いつもとは全く違う表情。まるで般若のような顔をしていた。
「マダム…どうして!」
「どうして?そんなの…」
マダムは自嘲気味に笑うと、シエルの方を向き直りきっと睨みつけて、こう言い放った
「今度こそ譲らないわ!!」
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