小説 | ナノ


▼ 19 そうして君は灰になった

…とりあえず戻らないと。

まだ震える手を抑え、何事もなかったかのように応接室へ戻る。すれ違いざまに、お茶を淹れ直しに向かうグレルに遭遇した。

いつの間に戻っていたのだろうか、マダムとシエルがチェスをしていた。

あーあまた負けちゃったわと笑顔で話すマダムに対し、シエルはまんざらでもない表情を浮かべている。

先ほどの事実が頭をかすめ、思わずその光景から目をそらす。

まだマダムが犯人と決まったわけではない。
変な心配はよそう。と思うが、あの紙切れ一枚が、彼女はこの事件の鍵を握っている事を示していた。

「…どうしたんだい?顔が真っ青だよ」

お茶ももう冷めてるし。とアンダーテイカーに指摘されるまで、ティーカップを握りしめていた事に気づかなかった。

「あっ、い、いやああなんでもないよ、あははは」

と誤魔化すが、そうかい?と訝しげな目線を送ってくる。この人は嫌に鋭いのだ。人の表情を読むのが上手い。ただ私が分かりやすいだけかもしれないんだけど。

「そ、そうだ!まだお風呂入ってなかった!行ってくるよ!」

と自分でも訳がわからないセリフを残し、お風呂場に退散した。


ちゃぽん、と湯船に肩まで浸かる。ふぅーと長い息を吐くと白く霞む天井を見上げた。
お風呂は良い。実に良い。暖かい湯船に浸かるだけで1日の疲れが吹っ飛ぶ。

湯気で曇る視界。
マダムのことを頭から追い出そう、追い出そうとするが、どうしても考えてしまう。
とぷんと口までお湯に沈んだ時、すりガラスの向こうから声が聞こえてきた。

「由里いるんだろう?」

「ア…アンダーテイカー!?ちょっ、何してんのこんなところで!」

風呂場まで何しにきたんだこの野郎と、周りに何か隠せるものはないかあたふたする。

「中まで入るわけないだろう?別に由里の貧相な体に興味なんかないよ」

…なんかそれはそれでちょっとむかつくなおい。うるさい早く出て行けだの文句をぶつける私を諌め、静かにおし、と声音を低くした。彼の声がこのトーンになる時は、真面目に話をする時だ。

「由里、何かあったんだろう?さっきの様子は普通じゃなかったよ」

そう言われて黙り込む。ここで何でもないという返答は通用しないだろう。
無言を肯定と受け取ったのか、話してご覧よ
、とアンダーテイカーは促した。

「…実は」

と、さっき自分の目で見てきた事を彼に告白した。

「服のポケットに入ってある紙を見てみて」

と、ぐしゃぐしゃに握りつぶしてしまった紙を開くように言う。下着は絶対見ないでよと念を推すと、ピンクの下着なんか誰も見やしないよとの答えが返ってくる。
思いっきり見てんじゃねえか。


「ふうん、なるほどねぇ」

アンダーテイカーはしばらく沈黙すると、執事くんに伝えるから早く上がっておいで。と言い残し、脱衣所から出て行った。

お風呂から上がるとアンダーテイカーが待っていた。ついておいでと言われ、彼の後ろを歩いて行くとシエルの私室に呼び込まれる。

中に入ると、セバスチャンとシエルが固い表情をして待っていた。

「これは、一体どういうことだ?」

とシエルに問われ、アンダーテイカーに告げたように、事の顛末をシエルに話す。私が勝手に入手した紙は彼の手の中にあった。

「…いや、だが彼女はずっと僕たちと一緒にいた。あの場にいた人間は犯行不可能なはずだ!!」

机を力任せに叩き、それをセバスチャンがたしなめる。

「…どういうことだろうねぇ、伯爵」

アンダーテイカーは面白そうに、まるで自分は答えを知っているかのように笑いながらシエルを挑発する。

「そうですね、あの場にいた人間は犯行不可能です」

セバスチャンもアンダーテイカーの言葉に乗り、シエルの反応を伺った。
2人の問いかけにしばらく考え込んだシエルは、はっと目を開き何か気づいたような表情を浮かべる。

「…まさか…そうか」

私は彼らの顔を見渡すばかりで、何もわからない。どういうことなのだ?3人の世界に完全に置いていかれていた私はセバスチャンに目で訴えた。

「そうですね、あなたがお分かりにならないのも仕方がない事です。ですがこれに気づいたのは由里自身だ。貴方には最後までこの事件に関わる権利があります。これから何を見ても逃げない覚悟がおありですか?」


そう問われ、ぐっと言葉に詰まる。覚悟。ここまで犯人追求のために調査してきたのだ。今更引き返すわけにも、何もなかったように過ごすわけにもいかない。

私はセバスチャンの目をしっかりと見つめ、大きく頷いた。





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