小説 | ナノ


▼ 18 廻るサイレン

騒然とする会場を後にして馬車に乗り込む。まだ胸は早鐘を打っており、深く息を吸い込んでなんとか自分を落ち着けた。
後からアンダーテイカー、セバスチャンが乗り込んでくる。

「由里大丈夫かい?」

「ごめんなさい、私気づいたらあんな所に…」

「いや、小生が油断していたから君が連れ去られてしまったんだ…ごめんよ」

少しだけ彼の表情が曇っていた。そこにシエルが口を挟る。

「もう切り裂きジャック事件は解決だ。人身売買の裏も取れたし、ドルイット子爵の逮捕で今回の事件は幕引きだ」

その言葉を聞き、はっとする。
違う。ドルイット子爵は今回の事件に関わりはない。まだ終わっていないのだ。

「シエル、違う。彼は切り裂きジャックじゃない」

「…なんだと?」

シエルは大きく目を見開き、皆私の方をばっと振り返る。
懐から先ほどドルイット子爵の私室から拝借してきた資料を急いで取り出した。

「これを見て」

差し出したのは今まで人身売買や、黒魔術の贄として取り引きされてきた人々の資料だった。そこには今回の事件の被害者は1人として記されていない。
また、取引の対象となった人物には全員共通点があった。

それは全員身分の高い貴族の生き残り、あるいは元貴族といった、家柄の良い者ばかりだったのだ。
さすが貴族の間で行われる人身売買。売り物も身分の高い者しか扱わないのだろう。

「…なるほど。つまり切り裂きジャック事件の被害者である娼婦と、今回の事件は何ら関係がないと…」

振り出しに逆戻りですね、とセバスチャンは眉を寄せる。

「もしかして、あの時これを取りに行ってたのかい?」

「そう、だけど途中でドルイット子爵に捕まっちゃって」

気づいたら売り飛ばされちゃってた、と笑って誤魔化すとアンダーテイカーの表情は一気に冷たくなり、ぎくりとする。しばらく無言でこちらを見ていたが彼は、はぁと大きく溜め息をついた。

無理をしたせいで事件に巻き込まれそうになった事は、自分でも身に染みて分かっていたため、反省する。

「まぁ、貴方の軽率な行動で危ない目に晒されたことは、ご自分でもよくわかってらっしゃるでしょうし…今回はお手柄ということで目をつぶりましょうか」

セバスチャンはそう釘を刺したが、ちゃんとフォローを入れてくれた。飴と鞭の使い分けがほんとに上手い人だ。危うく調教されかねない。

ごめんなさい、反省しますと素直に謝ると、では帰って反省文10枚いきましょうか、ラテン語で。というにこやかな声が上から降ってきた。鬼め。
アンダーテイカーはやれやれと言った表情で、いつの間にか骨型クッキーをぼりぼり食べている。


「では、誰が…切り裂きジャックなんだ?」

シエルはそう呟き、馬車の外に目をやる。

そう、犯人はまだ他にいるのだ。

外はひどい雨が降りそそぎ、馬の蹄と車輪がぬかるんだ地面を叩く乱暴な音が聞こえていた。





屋敷に着くと、雨でずぶ濡れになった服を着替えるため、個室に案内された。
ドレスを脱ぎ捨て、まとめられた髪を無理やり解き、ぐしゃぐしゃとほぐす。
緊張の糸が切れ、どっと体に疲れが襲った。

着替え終わり、応接室で紅茶を飲んでいるとセバスチャンが入ってきた。

「3時間ほど前、切り裂きジャックによる犯行と思われる新たな死体が見つかったそうです」

「なんだと?」

シエルはガシャンと大きな音を立ててティーカップを置き、勢いよく立ち上がった。
3時間前といったら、まだパーティが行われていた時間だ。私たちが見当違いな捜査をしている間に、犯人はほくそ笑みながら犯行に及んでいたのだろう。中々事件の糸口がつかめない事に苛立ち、ぐっと唇を噛む。シエルも私同様かなり苛立っていた。
くそっ、と一言吐き捨てるとシエルは応接室を出ていった。

「…やれやれ、まだ子供ですね」

セバスチャンは肩をすくめてこちらを見た。追いかけてやってくれ、という事なのだろう。立ち上がり、走り去った彼の後を追った。

きっと自室にこもっているのだろうと思い、階段を登って屋敷の奥のシエルの部屋へ向かう。
その途中バザバサバサッとなにかが崩れ落ちる音が聞こえ、思わず立ち止まった。

…この部屋からだろうか。
失礼かなと思いつつ、少しドアを開けるとマダムレッドの部屋だった。
見ると部屋中に積まれたカルテやら資料やらが全てなだれ落ちている。
マダムは少々ずぼらな所があり、片付けが苦手なのだ。彼女なら勝手に入って少し整理をしても、まあ大丈夫だろうと散らばった資料に手を伸ばす。


「うーん、まあこれくらいでいいでしょ」

とりあえず床に物が散乱していた状態よりはましになった。さあ、シエルの所へ行こうとドアに手をかけると、まだ一枚足元に紙が落ちていた。

「…手術予定者リスト?」

少し見ると今月はほぼ毎日オペが入っているようだった。うわーマダムも大変だなあと思い、机の上に戻そうとすると、ある事実に気がついた。

「…う…そでしょ…」

堕胎手術予定者が、切り裂きジャック事件の死亡者と一致していたのだ。
あまりのショックに呼吸が苦しく、目眩がしてくる。

うそ…あの…あのマダムが…?

思わずマダムの部屋を飛び出し、自分の部屋へ飛び込む。息をきらして扉を背に座り込むと、手の中にある紙をぐしゃりと握りつぶした。

震える手で紙をもう一度開き、確認するが間違いはない。

…だけどパーティの時、マダムは私たちと一緒に行動していた。途中で抜け出すにしても犯行に及ぶには時間が足りない。

「…だれが犯人なの?」

その呟きは誰にも届くことはなかった。




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