▼ 17 やわらかあたま
由里が扉の向こうに消えて、もう10分以上が経過した。さすがに心配になったため由里の後を追う。
真っ暗な廊下を走り彼女を探すが、どこにも見当たらない。
一体あの子はどこへ消えたんだい?
嫌な予感が頭をよぎり、少しだけ焦り始める。廊下の柱にもたれかかり、顎に手を当て由里の行き先を逡巡するが、一向に検討がつかない。
ふ、と前方を見ると月明かりに反射する何かが見えた。近寄って手に取ると、割れて粉々に砕け散った装飾品のような物だ。拾い集めてなんとか形作る。
真珠の…髪飾り?
思い出した。これは由里のものだ。彼女が頭につけていたのを覚えている。
それがなぜこんな場所に落ちているのか。
彼女がここを通ったのは明らかだ。しかし床は布張り。ただ髪から落としただけではここまで壊れることはない。
何か荒事に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。
「…まずいことになったね」
とりあえず戻ろうと立ち上がり、足を進めた。
広間に戻ると執事くんがきょろきょろと辺りを見回している。
「執事くん、由里を見ていないかい」
「そちらもですか…実は坊っちゃんも先ほどから姿が見えないのです。私としたことが不覚でした」
どうやら伯爵も連れ去られたようだ。おそらくドルイット子爵だろう。
「彼らの居場所、わかるかい?」
「…地下室でしょう、行きましょうか」
ダンスフロアで踊り明かす人々の間を掻い潜り、地下への道を探した。
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目を覚ますと真っ暗な闇が広がっていた。何か目隠しをされている。手足を動かそうとするが自由がきかない。縄できつく縛られているようだった。
闇雲に体を動かしていると誰かにぶつかる。どうやら私以外にも連れ去られた人物がいるようだ。
くそっ、何も見えない…と呟く声に聞き覚えがある。…この人は?
「…シエル?」
「…っ、由里か?」
「シエルも捕まったの?」
「ああ、油断していた。ここはどこだ?」
「多分…人身売買の取り引き場…」
そうシエルに告げた途端、パッと照明が点いて辺りが明るくなる。
カンカンカンという鐘を打つ音と共に、ドルイット子爵の声が響いた。
「御静粛にお集まりの皆様、次はお待ちかねの目玉商品です」
地面が揺れ、荷台で運ばれていくのがわかった。恐らく壇上に移動させられたのだろう。
バサッと布が剥ぎ取られた音が聞こえ、さらに視界が明るくなった。
「ではご覧ください、青と紫のオッドアイを持つ可愛らしい駒鳥と、黒髪と黒い瞳を持つ東洋の黒真珠。愛玩するも良し、儀式用に使うも良し、どう使うかはお客様しだい」
そう告げられると目隠しがはずされ、一気に光が目に飛び込む。その刺激に思わず目を瞑り、恐る恐るゆっくり目を開くと、そこには仮面を被った紳士淑女が椅子に座ってこちらを見つめていた。
その表情は異形。皆私達を獲物を見るような、舐めるような目つきをしている。
おおお、という感嘆の声。中にはよだれを垂らしてこちらに近づいてくる者もいた。
気持ち悪い。ぞくり、と背筋に悪寒が走った途端、辺りは再び闇に包まれた。
会場の客がざわついているのがわかる。状況が全く飲み込めない。
何が起こったのかとシエルに話しかけようとした瞬間、手足の縄が解かれたのがわかった。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。坊っちゃん、由里さん」
セバスチャンだった。手を引かれて檻の外に連れ出される。
騒然とする会場、人々の悲鳴、怒号。次々と警察に摘発される貴族の者たち。
後ろを振り返ると、アンダーテイカーがドルイット伯爵を縛り上げている姿が見えた。
「すぐに迎えの馬車を呼びますので」
セバスチャンのその言葉を受け、出口へと急いだ。
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