小説 | ナノ


▼ 15 愛しい目の隈

夕飯が終わると、由里は明日のために早く寝ると言い残し、さっさと自室に引き上げた。
きっと1週間の疲れが溜まっているのだろう。執事くんの作った工程は中々ハードで、レッスンは毎日早朝から深夜に及んだ。
それを弱音も吐かず、辞めるとも言わず黙々と取り組んだ彼女は大したものだ。

小生も今日は早く寝るかなぁと、立ち上がって部屋を出る。長い廊下を抜け、自分の部屋へ入ろうとして立ち止まる。隣の部屋のドアが少し開いており、明かりが微かに漏れていた。隣は由里の部屋だ。寝たはずじゃあ、と不審に思い、音を立てないようにして扉を少し開く。

するとそこには分厚い冊子を片手に、ぶつぶつと小さく声を出しながら読み込む由里の姿があった。

おそらく明日に関しての準備をしているのだろう。


「まったく…真面目な子だよ」

そう小さく呟くと、ドアを閉め、元来た道を引き返した。



厨房を除くと執事くんが明日の朝食の準備をしていたため、ホットミルクを出してくれるようにお願いした。

「おや、眠れないのですか?」

「小生じゃないよ。あの子がね、まだ勉強してたから」

「ああ、由里ですね、毎晩毎晩ああやって復習しているんですよ。…まぁ、でもあれだけの量をこなし、全て叩き込んだのは感心します。頭の良い女性です」

そこは評価しますけど、世話がやけますねと執事くんは頭を一度抑え、片手鍋にミルクを注いで温め始めた。甘ったるいミルクの匂いが厨房に広がる。

「…彼女に興味が?」

「そうだねぇ。面白い魂を持っている子だ」

確かに前回執事くんと会話したように、彼女の魂の異質さに興味を感じている。
小生がこうして彼女の側にいるのも、自分の領内の世界にとって危険な存在かどうか判断するためだ。

「そうではなくて、です」

「…どういうことだい?」

少し皮肉めいた言い方に引っかかりを感じた。
彼は片手鍋の火を止め、ポットにミルクをそそぎ、カップとソーサーを準備する。いつもながら呆れるほどに無駄のない動作だ。

「いいえ、貴方にしてはいささか珍しく"人間"に興味が湧いたようでしたので」

そう言うと、にやりと口を歪め、冷たい目線を送られる。
一瞬どきりとするが動揺を悟られないよう、そんなんじゃないよと言い、執事くんの手からホットミルクをひったくると、足早に厨房を後にした。




コンコン、とドアをノックする。本や紙が一斉に崩れ落ちる音がして、入るよ。と一言告げ、扉を押すとベッドに散乱した資料の真ん中に由里が座っていた。

「え、なんでアンダーテイカが?」

「明日は早いんだ、もうこれを飲んで、早く寝ておしまい」

そう言いホットミルクを手渡すと、ありがとう、と素直に受け取った。
カップを両手で持ち、ミルクを飲み干す顔を見ると、目の下にはくっきりと隈ができている。

少し目線をそらすと無防備に投げ出された足が目に入った。
おそらく、ダンスの練習を1人でもしていたのだろう。足の裏は豆だらけ。足先は真っ赤に腫れ上がり、爪は割れて血が滲んでいる。見るに痛々しい様だ。

「血が出ているじゃないか」

「…あーーほんとだ、大丈夫大丈夫。こんなの唾つけとけば治るって〜」

指摘されて気づいたのだろうか。ヘラヘラと笑いながら本当に自分の唾をつけようとしていたので、大きく溜め息をつき、その手を取ってやめさせる。

「…まったく」

世話がやける、と言う点に関しては執事くんと同意見だ。

ポケットからガーゼと包帯を出し、彼女の足を取る。職業柄、こういうものはいつも持ち歩いているのだ。
綺麗に血を拭き取ると、いつものように包帯をくるくると手早く巻いていく。
普段と違うのは、まだ彼女の足は暖かく、体温があるということだった。

先ほど執事くんに言われた言葉が頭の中で再生される。

そんなことはあり得ない、と自嘲気味に笑ってしまう。由里におやすみと告げ、そのまま部屋を出た。




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