小説 | ナノ


▼ 14 オレンジジュース水割りで


「ま、間に合ったーーー」

大きく息を吐き、高いヒールの靴を脱ぎ捨てると、近くにあったふかふかのソファに倒れこむ。
1週間のレッスン工程を、なんとか全部乗り越えた。今の私は八方塞がり、背水の陣。人間追い込まれたらなんとでもなるのだ。

テーブルマナーからパーティの招待客の氏名、顔写真まですべて暗記した。どうやら暗記教科は得意だったらしく、すらすらと頭に入ってきた。

「おやおや、足が丸見えじゃないか〜」

「はしたないですよ由里」

「だって…もうクタクタ…」

「しゃんとしてください、今から明日の予定をお伝えします」

セバスチャンにぴしゃりと言われ、慌てて靴を履いて背筋を伸ばす。決戦は明日。最後まで気を抜いてはいけない。

「明日の午後6時、ドルイット子爵邸へ向かいます。私は坊ちゃん、アンダーテイカーは由里のパートナーをしてください。私たち2組でドルイット子爵を調査します。マダムレッド、劉は子爵と関わりのある人物の調査をお願いします。グレルさんはいつも通り、マダムレッドについていてください」

「わかったわ」

「了解した」

各々自分の役割を理解し大きく頷く。いよいよ明日ということもあり、なんだか緊張してきた。
日も暮れ皆お腹が空いてきたという事で、そろそろ晩餐にしようという話になった。
ぞろぞろと各自部屋を出て行き、私も移動しようと痛む足を抑えて立ち上がる。

すると、マダムレッドに呼び止められた。

「由里、本当にこの1週間よく頑張ったわね!私見違えちゃったわ!」

ぐしゃぐしゃと力一杯撫でられ、頭が前後左右に揺れる。痛いよマダムと訴えるが、彼女はにししと笑ってその手を止めようとしない。少し乱雑だが距離を感じさせないマダムレッドの親密さに、いつも助けられていた。

いきなり手を止めると、そのまま私をぎゅっと胸の中に抱き寄せる。私はされるがままになっていた。

「あなたみたいな良い子が犯人なはずない。…私は知っているわ、だから大丈夫よ」

本当のお姉さんがいたらこんな感じなのかな、マダムが私のお姉さんだったらいいなぁ。と胸の奥が熱くなる。

「…ありがとう。マダムが私のお姉さんだったらよかったのに…」

つい、そんなことを漏らしてしまった。彼女は笑いながら、やーねーー私もうそんなに若くないわよぉ、と私の肩をバシバシ叩きながら早く食堂に行こうと手を引いてくれた。

美人で頭も良くて、いつも明るい快活なマダム。彼女は私の憧れだった。



晩餐を終え一息つくと、早々に食堂を飛び出し、メイリンに声をかける。

「メイリン!頼んでいたもの今渡してもらって良い?」

「はいですだ!でもどうしてこんなものを?」

「うーん…内緒、でも大丈夫よ」

そう言い残し、よくわからないと言った表情のメイリンにおやすみなさいと告げ、自分の部屋に戻った。




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