▼ 13 からん。と音がしたんです
その晩、シエルの婚約者であるエリザベスが屋敷を訪れた。表情がくるくると変わる、とても可愛らしい女の子で、すぐに仲良くなった。
「由里ー!由里!!明日のマナーレッスン一緒にしましょう!皆でやれば、きっと楽しいわ!」
そんな事を言ってくれる、とても心優しい子なのだ。シエルも彼女と話している時は、いつもの仏頂面に比べると、心なしか表情が子供のように明るくなっていた。
月明かりの下で戯れる彼らをバルコニーから見つめる。
いつもあんな顔してれば、シエルも可愛いのに。そう苦笑しながら、いつのまにか後ろに立っていたアンダーテイカーに話しかけた。
珍しくいつもの神父服ではなく、ナイト用のガウンを羽織っている。
「おや、気づいてたのか〜い」
「そりゃあ嫌でも気づくよそんな近くに立たれたら」
後ろから脅かそうと思ったのに〜と変な事を言い出すアンダーテイカーを横目で軽く睨むと、彼は私の隣に立つ。柵に頬杖をつくと私と同じように彼らを見つめた。
横顔が月に照らされ、肩から落ちた銀色の髪がさらさらと光っている。
いつものオーバーサイズな神父服じゃないからだろうか。
立ち姿はどことなく妖艶で、小生の顔に何かついてるかい?と聞かれるまで見とれてしまっていた。焦って思わず下を向く。
「伯爵にはね、使命があるんだよ」
「使命?」
「そ。由里だって、こんなに小さな子がこんな物騒な事件をなぜ調べているのか疑問に思うだろう?」
確かにずっと疑問に感じていた事だった。
玩具、お菓子メーカーのトップである彼が警察の真似事のような事をしているのだ。シエルの好奇心。それだけでは到底済まされない。
「ファントムハイブ家はね、代々女王の番犬として皇室から命を受けているのさ。女王の番犬ってのは、イギリス裏社会の秩序を正す役割をする。まぁ言って見れば汚れ仕事を引き受けているんだね。それをあの子が継いでいるんだよ」
「…そんな」
言葉が出なかった。会社経営のみならず、そんな残酷な仕事をあの年で受け継いでいるだなんて。
「女王はイギリスの汚点を全部伯爵に押し付け、自分は綺麗な道を歩いている。…気に入らないね。小生は」
アンダーテイカーは強い口調でそう言い放った。いつもの飄々とした雰囲気とは打って変わり、彼が感情を露わにした所を初めて見た気がした。
「だから…も、…んだ。」
「え?」
彼の呟きを聞き返したが、もう寝ようかと流され、くるりと背を向けられる。バルコニーの扉を閉め、急いで彼の後を追いかけた。
寝室のドアを開けた瞬間、はぁぁぁぁああああ???と口から叫び声にも似た声が出る。
アンダーテイカーと一緒に寝ろ、とのお達しは"同じ部屋で寝てね"くらいの措置だろうと軽視していたが、まさか"同じベッドで寝ろ"という死刑判決を食らうとは思っていなかったのだ。
セバスチャン…許さん…
今ほどセバスチャンを鬼だと思ったことはない。今頃彼は心の中でほくそ笑んでいることだろう。
もうお嫁に行けない…と泣く泣くベッドへ刑の執行に向かうと、そこにはすぅすぅと寝息を立てて眠りこけるアンダーテイカーの姿があった。
絶対に何かしらからかわれるだろうと予想していただけに、出鼻をくじかれた気分だった。
おそるおそる彼の隣に潜り込むが、余程疲れていたのだろう、目を覚ます気配はない。
少しだけ緊張しながら身を硬くして目を瞑る。早く眠ってしまおうと羊を数えるが、一向に眠気が襲って来る気配はなかった。
羊が213匹を超えた頃、諦めて目を開ける。
身をよじってアンダーテイカーの方を見ると、思ったより近くに彼の顔があり、心臓がはねた。
枕に埋もれて半分しか見えないが、いつもは前髪で隠されている顔が少しだけ見えていた。
「うわぁ…まつげ長いなぁ」
不健康で抜けるように白い肌、すっと通った形の良い鼻。ただの変人だと思っていたが、意外と顔立ちは良いのかもしれない。
先ほどバルコニーでみた彼の横顔を思い出し、思わず顔が赤くなる。
変なこと考えてないで、早く寝ようとアンダーテイカーに背中を向けると、心臓の高まりを隠すように布団を頭まで被った。
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