小説 | ナノ


▼ 12 ひたひたと足音

レッスンを始めて4日目。だいぶん伯爵、いやシエルにセバスチャン、そしてアンダーテイカーにも慣れ、会話も弾むようになってきた。

初日シエルに、パーティで女(女装したシエル)に敬語を使って伯爵と呼んでいたらおかしいだろう、と指摘された。
不敬に当たるから無理ですと、それでも伯爵呼びをしていたら、全く返事をしてもらえなくなったため仕方なくシエルと呼んでいる。
執事さんもグレルとセバスチャン2人おり、もうめんどくさいから一気に全員ファーストネームで呼ぶこととなったのだ。



「えええええええ!アンダーテイカーと一緒に寝るんですかーーーっ!??」


「敬語が語尾に出ています。それに言葉遣いに品がありません、失格。今日のおやつは抜きですね」

「そんなーー!!」

「それに、由里はもう少し痩せた方がいいですよ、その方がドレスが映えます。今日くらいおやつを抜きましょう」

「セバスチャンの鬼…悪魔…」

というように、びしばしレッスンをされているのだ。敬語を使わずに、品の良い言葉遣いって私には一番難しい。砕けた言い方だと、つい口の悪さが滑ってでてしまう。
それに痩せろというのは心外だ。確かにここのご飯は毎食美味しくて、少し食べ過ぎてしまう。それが太った原因だろう。

そうじゃなくて、今はアンダーテイカーと一緒の部屋で寝ろという言葉の方が重大だ。

「…じゃなくて、アンダーテイカーと寝ろってどういうこと?」

「そんな、レディが"寝る"なんて言葉を使うだなんて、暗喩でも嘆かわしい…もう晩御飯も抜きです!」


セバスチャンは手を額に当てて頭を横に振り、大げさに演技をする。
しかもこうやって話の論点をさらにズラしていく。こういう所がついていけないのだ。

「だから、そういう意味じゃなくて〜〜」

「本日、坊ちゃんの婚約者であるエリザベス様がお泊りになります。部屋は十二分にあるのですが、彼女への配慮。と申し上げれば伝わりますでしょうか」

その言葉にズキンと胸が痛む。
私はあくまでも事件の容疑者。それを忘れてはならない。

今は仕方なく目をつぶってもらっているが、セバスチャンからしてみれば、主人であるシエルと私が接触する事さえよく思っていないはず。それがシエルの婚約者となれば尚更だ。

もしファントムハイブ邸で、しかも婚約者の身に何かあればシエルの面子は丸つぶれ。それは絶対に避けなければならない事態である。
夜寝る際、私に監視をつけることは少し考えれば当たり前の事だった。

少しだけ仲良くできた、と思い浮かれていたが、自分に容疑者としての肩書きがある以上、私と彼らの間には決して飛び越えられない溝があるのだと知る。


「…はい。わかりました」


明らかにしょんぼりと肩を落とした私を見て、セバスチャンは柔らかく微笑み、両手を私の肩にのせた。

「大丈夫です。由里さんに疑いの目がかけられていることは事実ですが。私は、いえ私たちは"貴方ではない"事を貴方自身が証明してくれると信じていますよ」

「由里、由里!どこだ。チェスの相手をしろ!」

どこからか、私を呼ぶ声がした。

セバスチャンは、ほら坊ちゃんが呼んでいますよ、と私の背中を押し、溢れそうになる涙を見ないようにしてくれた。その配慮にまた目の奥が熱くなる。

私を必要としてくれる、それがとても嬉しかった。


シエルとのチェスを終え、レッスンに戻ろうと廊下を歩いていると、グレルとすれ違った。

ぺこりとお辞儀をし、通り過ぎようとするが彼のスーツに汚れが付いているように見えたで呼び止める。
グレルは慌てて拭き取ると、大丈夫です、気にしないでください、と何度も繰り返した。

まあいいかと思い、そのまま立ち去ろうとしたが、ある事に気付き、思わず口に出してしまった。

「グレルの目って、とても綺麗な黄緑色をしてるね、初めて見たよ〜」

そう言うと彼は驚いた顔をし、少し恥ずかしそうに笑った。

「…そんなことないですよ、それに私、由里さんの目の方が綺麗な色をしていると思うんです。真っ黒な瞳。あぁら貴方は実に赤が似合いそうだ」

「赤色が好きなの?」

「ええ、それはとても」

少し上を見上げ、恍惚とした表情を浮かべる彼に少しだけ後ずさる、どうやらここには変な人が多いようだ。
さっさと退散しようと、じゃあまた、と言って彼の隣を通り過ぎる。

その時、少しだけ鼻に付く香りを感じた。立ち止まって彼の方を振り向くが、気のせいかと思いもう一度歩き始めた。


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