小説 | ナノ


▼ 11 彼女について

ダンスのレッスンの準備をするため、一度部屋を出る。扉を閉めると、太陽の光が入り込む廊下を歩いて行った。


記憶喪失だという東洋人の客人。
坊ちゃんに啖呵を切った威勢の良い女性だった。その威勢は格好だけかと思いきや、話し方を見る限り中々頭も回るらしい。使えそうだ。

それに坊ちゃんも彼女に興味を持ったようだった。いい暇つぶしの玩具ができた、とでも考えているのだろう。

よく見れば、控えめだが中々に可愛らしい顔立ちをしている。ドレスに着替えた時は、その変わり様に一瞬驚かされてしまった。

あのシルエットのドレスは着こなしが難しい。おそらく坊ちゃんの悪戯心が働き、少し恥でもかかせてやろうと手始めにあのドレスを着せたのだろうが、裏目に出たようだった。

しかし何だかあの雰囲気、纏う様子が少し気にかかる。魂から受ける感覚、と言えばよいのだろうか。それが少し常人とは違うのだ。

容疑者としての疑惑がかかっているせいだろうか。だが、彼女はおそらく犯人ではないだろう。"彼ら"を泳がせるいい目くらましになれば良いと思って引き入れたのだ。

まぁ、坊ちゃんの敵になるような事があれば、私が消せばいい事。と頭を振る。



そこまで考えた時、後ろから執事くん、と呼ぶ声が聞こえた。後ろを振り返ると、葬儀屋がいつものにやにやとした笑みを顔に貼り付け、壁にもたれかかって立っていた。

「おや、貴方でしたか」

どうせ彼女のことでも話にきたのだろうと思い、立ち止まる。

「君は由里のこと、どう思うか〜い?」

「どう、とは?」

「害獣風情にもわかっているだろう?魂の"感じ"さ。君らにはどう映っているのか、ちょっと気になってね〜」

やはり、葬儀屋はとっくに気づいていたのだろう。彼は死神、人間の魂に関しての嗅覚は我々悪魔と同様に鋭い。

「そうですね…なんとも言えないですが、魂が若干希薄で、他の人とは違う何かを感じます。違和感と言えばいいのでしょうか」

「やっぱりそうか〜。それ以上はわからないよねぇ」

「残念ながら…」

それ以上という言葉がでてきた。そうなのだ。なにかぼんやりとした感じ。なんとなくしか掴みとれないのだ。まるで故意的に隠されているかのように。

「それからもう一つ。彼女、血溜まりの中に倒れていて、背中には明らかに刺された跡があるのに、傷跡がなかったんだよね〜」

「傷跡が、ない?」

「そう、なかったんだ。全く」


血溜まりの中に倒れていたのに、傷跡がない。そんな事がありえるのだろうか。
手を口元にあて、しばらく考えるが全く検討がつかなかった。

「でも君だって由里が犯人でないと、な〜んとなくわかっているんだろう〜?」

「えぇ、まぁ。彼女からはまるで悪意といった類の感じを受けませんでしたし」

「それだけだよ〜」

と言い残すと、アンダーテイカーはふらふらと応接室へ戻っていった。

彼女を"容疑者として"ではなく、彼女が"何者であるか"を注視しろという彼なりの助言。助言というより、暗に協力して欲しいという要請だろう。
情報屋、そして死神としても一流の彼にしては、珍しい事だと思った。
それほどまでに彼女は得体の知れない人物だという事だろうか。


さて。招き入れたは良いが吉と出るか、凶とでるか。

セバスチャンは止めていた足を再度動かすと、着々と次の準備を進めていった。







応接室に戻る途中、由里のドレス姿が一瞬彼女に重なってしまった。

あの人も黒髪に青は映えるのよ、と言って青のドレスを好んで着ていたなぁと、思わず頬が緩む。
…いけない、こんなことを考えていては。

「…待っていておくれ」


一言そう呟くと、扉のノブを強く握った。





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