▼ 10 今のあたしはどうだい?
「…はぁっ…はぁ、はぁ…」
苦しそうな息が部屋に響く。壁に手をつき、なんとか圧迫感から逃れようとするがセバスチャンは手を緩めようとはしなかった。
「セバ…セバスチャンッ…これ以上は無理だ!」
振り向いて懇願するが、セバスチャンは冷ややかな目を向けるだけだった。
「もっと力を抜いてください」
「…ないっ…苦しっ…」
「もう少し我慢してください。すぐ慣れます」
「…ぐっ…あっ…で…内臓が出るって言ってるだろうがぁぁぁあ!!!」
伯爵の怒鳴り声が屋敷中に響き渡ったが、セバスチャンはさらにコルセットの紐を強く締めた。
「大丈夫ですよ、コルセットの締めすぎで内臓が出た女性はいません」
にっこりとしてそう言い放つセバスチャンはどこか楽しそうだった。
「…くっ…というか、何故僕が女装しなきゃいけないんだ!由里がいるだろう!」
「念には念を入れて、ということです。坊ちゃんもダンスは苦手でしょう?由里様と共に学んで頂きます。もちろん、ドレスで」
「…くそッ覚えてろよセバスチャンッ」
しばらく経ち、出来上がったのは1人の可愛いツインテールのレディだった。ドレスはピンクを主としたモスリンたっぷりの生地に、腰からはふんわりと花を開いたような型になっている。胸にはフリルのリボンで可愛らしいアクセントが付いていた。
「ふっ…坊ちゃん。とても可愛らしいですよ」
セバスチャンは笑いが堪えられないという表情をしていた。アンダーテイカは伯爵を見た瞬間、案の定爆笑した。床をのたうち回り、小生は理想郷を見たよ、なんて言葉を涎と共に零している。
「うるさいっ、僕だって好きでこの格好しているわけではないっ!」
ふんっと横を向いて腕を組み、明らかに機嫌が悪くなった伯爵をセバスチャンが諌める。
「そういえば、由里はまだか」
「そろそろ出来ているでしょう。お呼びいたします」
と扉に手をかけた瞬間、どーーおーー?結構いい線いってるんじゃなーい?というマダムレッドの弾んだ言葉と共に由里が部屋へ入ってきた。
その姿にセバスチャンは目を見張る。
深い青を基調とする、つるりとしたサテンの生地に控えめなフリル、オフショルダーでぴったりとした体型の出るドレスで、伯爵とは対象的に大人っぽさを表現していた。
うっすらと化粧もしてもらったのだろう。ほんのりと赤い頬、ぽってりとした唇は色香をほのかに漂わせる。
「いいんじゃないか?よく似合っている」
伯爵は由里を一瞥すると、そっぽを向く。
「すごいねぇ、子猫が白鳥に化けちゃったよ」
「でしょおお?私の目に狂いはなかったわ。やっぱりこの子には青が似合うわよ」
マダムレッドと劉も由里の変貌ぶりに驚いているようだった。
しかし、さっきから何も反応がないアンダーテイカーに不安になり、由里は思わず声をかける。
「ど、どうかな…」
アンダーテイカーははっとし、とてもよく似合っているよ。と賞賛の言葉を口にした。由里は安心し、にっこりと微笑んで、ありがとう!と答える。
そのまま慣れないヒールでよろけながら伯爵の前まで歩み寄り、その足元に跪いた。
「伯爵、こんなに素敵なドレス本当にありがとうございます。精一杯任務に取り掛からせて頂きます」
「気にするな、その代わり仕事で返せ」
その言葉に深く頷くと、セバスチャンは一度手を叩き、にっこりと笑った。
「それでは両者揃ったようですし、第2レッスンを始めましょうか」
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