小説 | ナノ


▼ 06 朝が来る。途方もない朝が

扉をパタンと閉め、奥のキッチンに向かう。蛇口をひねって水を出し、やかんに火をかけた。


表情がころころと変わる面白い子だ。
年齢の割に幼い顔だが、少し言葉を交わしてみると中々鋭い頭をしている事がわかる。綺麗な上流英語を使っているため、育ちも良いのだろう。

傷がなぜないのか、それは結局わからず仕舞いだった。記憶がないのは恐らく本当だろう。長年生きてきただけに、人間の嘘は手に取るようにわかるのだ。
それに傷の消失だけではない。彼女には何か引っかかる箇所が何点かあった。まだはっきりとは分からないが、死神の勘というやつだ。魂の毛色が普通の人間とは違う。


「人間か」

シンクに手をつき、ふぅと長い息を吐く。
下を向くと、溜めてあった水に映る自分の顔を見つめた。


「…深入りは禁物だね」


小生が手伝うのは、あくまで裏の人間としての仕事を全うするためだ。
得体の知れない人間を、自分の領内でのさばらせておく趣味はない。

そこまで考えたところで、ケトルがけたたましい音を立てて鳴り、お湯が沸いた事を告げた。





再び彼女の部屋に戻り、紅茶を差し出す。
どうやら小生の作るものはお気に召したようだ。心なしか顔が綻んだように見える。


「そういえばさっきのお客さんなんだけど、切り裂きジャック事件について調べていてねぇ。由里の話が聞きたいらしいんだ」

「そうなの?」

「あぁ、この件に関しては小生より知っていることが多いだろう。明日行ってみるかい?」

「…行きます!」

「だったら、もう今日は早くおやすみ。きっと疲れているだろう。着替えは、少し大きいと思うがここにおいておくよ」

そう言い残し、彼女の部屋を後にした。







アンダーテイカーが出て行くと、急に部屋がしん。とした。気づくとあたりは真っ暗になっており、いつの間にか夜が訪れていたようだ。月の光が窓から入っている。


今日の1日を頭の中で反芻する。まだ信じられないが、これは現実だ。
明日会う人はどんな人だろう。聞くのを忘れたなぁと考えながら、ベッドに倒れ込むと目を瞑る。思った以上に疲れていたのか、すぐさま意識は闇の中に飲まれていった。






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