◎ 過去を喰らう(3/6)
待ち合わせ場所へ近づくにつれて騒がしくなっていく人々。
それは普段の日常からは考えられないような異様さを放っていることに気づいた時にはもう遅かった。
「変な動きを見せてみろ!すぐにこいつを殺してやる!」
「うわああああん!救けてえええ!!」
「!!(敵!?)」
人混みの中心には血走った目で刃物を構えながら幼い少年を人質に取っている光景。
その少年の母親と思われる女性は救けを乞い、ヒーローへと縋り付く。
だが肝心のヒーローは有効な個性を持っていなかったのか立ち尽くし、敵の様子を伺っていた。
敵は興奮状態でいつ少年を刺しても可笑しくなく、一分一秒を争う状況といっても過言ではなかった。
「(……俺の個性なら遠距離から対処出来る。うまく敵の刃物を撃ち落として…その隙をついてヒーローが突入すれば……)」
俺が個性を発動しようと敵めがけて構えた時にその腕をものすごい力で掴まれる。
そこにいたのはプロヒーローで、彼は俺を思いっきり睨みつけながら罵声をあびせた。
「動くな!!一般人は黙って見てろ!!」
「な…!?このままじゃあの子刺されますよ!?俺の個性なら遠距離でも対処出来るので刃物を落としたその瞬間を────」
「!!」
その時頬に帯びる痛み。
衝撃で尻もちを着いた時に目の前にいたプロヒーローに殴られたことを理解した。
「このガキ…動くな!下手に刺激をするんじゃない!!」
「!?」
俺のしようとしたことはそこまで間違っていたことなのか?
その答えを導く前に状況に動きが見えた。
「早くしろよ…じゃねえと…!!くそっ!
全部壊してやる!!うわああああ!!!」
「!」
不安定だった敵は人質に向けて刃物をふるった。
距離があり、ひと悶着起こしていた俺やヒーローは止めることが出来なかった。
子供とその母親の悲痛な叫びが響き渡り、誰もがもうダメだと思ったその瞬間だった。
「危ない!!!」
買い物を終えて、待ち合わせ場所に合流した幸が危険を顧みずに飛び込んでいく。
その光景がやけにスローモーションに映る。
昔はヒロと一緒に三人でヒーローを目指そうと言っていた。
だけど幸は個性が上手く扱えずヒーローを目指すことをやめて、俺たちとは違う道へと進むこと決めた。
いつも笑顔で俺やヒロを見守って応援してくれて、これからもそんな日々が続くと思っていた。
いたのに────
「子供が救かった!?」
「くっそ!邪魔すんなこのくそアマがぁあああ!!!」
逃げ出した少年に安堵する間もなく幸に突き立てられる刃物。
1回2回ではすまず、何度も何度も突き立てられた傷跡から溢れ出す血飛沫。
一瞬して地面は血の海へと化していった。
「……!!」
俺はヒーローに掴まれていた手を力任せに振りほどくと個性の温冷水で刃物を弾き落とす。
そして敵を水で囲い拘束すると倒れた幸へと駆け寄った。
その時にやっとプロヒーロー達は動きを見せ、俺が捕まえていた敵の確保を行った。
俺はそんな様子お構いなく幸へと声をかけた。
「幸!!目を開けろ!!!」
母さんが父さんの傷を譲受したように俺も幸の怪我を譲受できる。
譲受さえ出来れば幸を救える。
その一心で幸へと声をかけ続けると思いが通じたのか薄らと目を開けてくれて虚ろな瞳が俺を捉えた。
「ハルく、ん……男の子は……?」
「幸のお陰で無事だよ…敵も拘束された」
俺の言葉を聞いて安心したのか幸は小さく笑った。
「幸!俺が傷を譲受する。だから───」
「…………」
「…っ。なんでも良いから譲受させてくれ!頼むから……答えてくれよ…っ」
「……ハルくん、ありがとう」
そう幸が答えた瞬間、繋いだ手から光が溢れる。
譲受が成功した証だった。
だけど、一向に痛みを感じない。
嫌な予感がして俺は幸の方を見ると幸は小さく笑いながら言った。
「……この“個性”は…私じゃ使えなかったけど……ハルくんなら…きっと……」
「!!なんで…俺は“個性”なんていらない!幸の傷を───」
幸は俺の頬に手を添えるといつもと変わらず笑う。
「駄目だよ。ハルくんは…生きて。私を救ってくれたようにこれからたくさんの人を救ってね……きっと…素敵なヒーローになれるから……これが…最期の約束」
どんどん温もりが無くなっていく手に自然と涙が溢れる。
力の無くなった手が頬を滑り落ちる瞬間、その手を握りしめて受け止めるけど決して握り返してくれることはなかった。
「…………」
「幸……?幸!幸ィ……っ!!!」
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