◎ いつもの日常へ(1/5)
「メールしたらすぐ返してね」
「うん」
「ご飯ちゃんと食べてね」
「うん」
目に涙を貯めながらまっすぐ見つめ、僕の手をぎゅっと握りしめるお母さんの姿に思わず僕の目頭も熱くなる。
オールマイトから力を授かって雄英入ってから僕をお母さんはずっと応援してくれていた。
でもその一方で大怪我を負い、ボロボロになる僕のことを心配していたんだ。
「出久の行く末があんな血みどろの未来なら私は…私…“無個性”のまま…ヒーローの活躍を嬉しそうに眺めているだけの方がこの子は幸せだったんじゃないかって…思ってしまったんです」
「出久はこのまま雄英に通いたいよね。でも…ごめんね出久」
「ハッキリ申し上げます。出久の親として───…今の雄英高校に息子を預けかれる程、私の肝は据わっておりません」
お母さんの気持ちをないがしろにしてきた当然の帰結。
僕は雄英に通いたい。
雄英のみんなと…オールマイトと共にヒーローへの道を歩みたかった。
だけど……お母さんにこんな顔させちゃダメだ。
悪者になってまで僕を守ろうとしてくれているお母さんの思いをもう無下にできない。
「雄英でなくたってどこだって…いいよ!僕はヒーローになる…から!」
ヒーローどころか“個性”すら嫌ってた洸汰くんから貰った手紙には「ありがとう」って…書いてあったんだ。
まだ心配されててダメダメだけど…それでも…一瞬でも…この手紙が、洸汰くんが僕をヒーローにしてくれた。
雄英でなくてもヒーローになれる。
それでお母さんが納得してくれるならそれで良い。
そう思って放った言葉を聞いたオールマイトは正座すると僕らに向けて床に顔を押し付けた。
「私は出久少年が私の後継にふさわしいと…すなわち平和の象徴になるべき人間と思っております」
そう始まったオールマイトの口からは平和の象徴だった者として僕への教育が怠って来たことへの謝罪と雄英教師としての懇願を述べた。
「確かに私の道は血生臭いものでした…!だからこそ彼に同じ道を歩ませぬよう横に立ち共に歩んで行きたいと考えております」
「“今の雄英”に不安を抱かれるのは仕方のない事です!しかし雄英ヒーロー達もこのままではいけないと…変わろうとしてきます!どうか“今の”ではなく“これから”の雄英に目を向けて頂けないでしょうか…!!」
「出久少年に私の全てを注がせてはもらえないでしょうか!!」
───この命に代えても守り育てます。
「…………」
「お母さん…!?」
「…………やっぱり嫌です…。だってあなたは出久の生きがいなんです」
雄英が嫌いなわけじゃない。
僕に幸せになって欲しい。
そう紡がれたお母さんの言葉が胸に重くのしかかる。
「だから命に代えないでちゃんと生きて、守り育てて下さい。それを約束して下さるのなら私も折れましょう」
「お母さん……」
「約束します」
きっとお母さんにとっては苦渋の決断だったんだと思う。
だからこそもう裏切りたくない。
もう心配をかけないようにそれを肝に銘じて僕も進まなくちゃいけない。
「もう嫌だからね」
「……うん」
8月中旬。
昔から変わらないお母さんの温かな手を離して僕は今日家を出る。
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