◎ 冬休み(5/8)
「ふう…」
トイレを借りて緑谷の部屋に戻ろうとした時、台所からあらっと声が聞こえる。
勝手に覗くのも躊躇われたが、少し困ったような声色だったのが気になってコンコンと軽くノックをしてから台所の扉を開けた。
「どうしました?」
「声に出てた!?ごめんなさいねえ…ちょっとお醤油がきれちゃって……すぐに買ってくるから待ってて頂戴」
「…………」
無断外出は怒られるかもしれないけど…。
「良かったら俺買ってきましょうか?」
「え、でも悪いわ」
「泊めてもらうんですしこの位手伝わせてください。お醤油以外にも必要なものがあったら一緒に買ってきますよ」
俺がそんな話をしているとそれを聞きつけた緑谷も部屋からやってきた。
「近所のスーパーならすぐ近くだからちょっと位なら平気かな…。お母さん、この際だからお米とか重いものも買ってくるよ」
「でも───」
「大丈夫!僕も鍛えてるし…あとハルもいるし!」
ね?と笑いかける緑谷に俺は頷く。
最終的にはおばさんが折れてくれて俺と緑谷でおつかいに行くことに。
スーパーは近所と言えど歩いて15分ほど。
重い荷物を一人で持って帰るにはそこそこ距離がある。
「えっとお米に調味料と……」
「それならこっちにあるよ」
緑谷は迷うことなく目当て物が置かれたコーナーへと進んでいく。
流石地元民と言ったとこか。
スーパーで買い出しを済ませて外に出ると空は赤くなっていた。
すると目の前に学ランを身にまとった中学生らしい子達が横切る。
地元の子かなと思っていると緑谷が口を開いた。
「あの子たち僕が通ってた中学の子だ」
「緑谷、中学は学ランだったんだ。てことは爆豪も?」
「うん。物心ついた時からずっと一緒なんだ」
「幼馴染ってやつだな」
緑谷はその言葉に俯きがちに困ったように笑いながら頷く。
「あ。あそこでオールマイトに会ったんだ」
「ヘドロ事件の日だっけ?」
「よく覚えてるね!」
「うん。俺の人生が変わった出来事だからな」
「え?」
そういえば緑谷にこのこと話したことなかったことに言ってから気づいた。
首を傾げる緑谷を無視出来ず俺はぽつりぽつりと話し始めた。
「中2の夏に“あの事件”あったじゃん。それ以降自暴自棄になってヒーローになることも諦めてたんだけどさ……そんな俺にオールマイトがある動画を見せてくれたんだ」
「ある動画?」
「うん。無個性の男の子が巨悪な敵になんの策もなく突っ込んでく姿。捕まっている幼馴染の男の子を救ける為に、その子が救けを求めていたからと走っていったんだ」
「……それって─────」
「君が救けを求める顔してた」
「緑谷。俺さ、緑谷のその姿を見てまたヒーローになろうって決めたんだ」
「!」
「俺にとって緑谷は恩人だ。ありがとう」
俺はニッと笑った。
ずっと言いたいなと思ってた。
けど今更だし、なんだか恥ずかしくてずっと言えずにいて…まさかこんな機会が来るなんて思ってもなかった。
緑谷がどんな風に思ったかわからないけど……。
そう思いながらも俺は顔を上げて緑谷の顔を見た。
だけどその顔を見て俺はぎょっとした。
「み、緑谷?大丈夫…?」
「え、あ……」
緑谷の目から涙が溢れて頬を伝っていた。
まさか泣くなんて思ってなかったから慌てて駆け寄る。
「あ……その、突然重い話してごめん。せっかくの休暇だったのに…」
「ううん!違う!違うんだ」
「?」
「嬉しくて…僕の行動で誰かの人生が変わるなんて思ってもなくて……それがまさか君だったのが更に嬉しくて……」
緑谷はぐいっと力強く涙を拭う。
そして鼻を赤くしながら笑った。
「ハル、ありがとう。君と出会えて本当に良かった!友達になってくれて……本当にありがとう!」
「……!!」
緑谷の笑顔に思わず口元が緩む。
「それはこっちのセリフだ。ありがとう」
「えへへ…」
「ほら!早く帰らないとおばさん困っちゃうぞ」
「だね!」
prev|
next