アトラクトライト | ナノ

 一つ一つ(8/8)



「……ふう……」



鉛のように重い体を引き摺って事務所の入口前にたどり着く。
頭も疲れきってぼんやりとしている中、大きく深呼吸をする。

いつからだろう。
この扉を開く前に一息入れなければならなくなったのは。



「(……よし)」



ガチャ



「戻ったぞー」

「ヘルパットおかえりなさい」

「所長おつかれさん。またえらく遅いおかえりなこって」

「おつかれ。デーマンドは?」

「デーマンドには自宅待機してもらってます。あの人あなたが帰ってくるまで事務所に張り付きっぱなしでしたから…私たちが無理やり帰らせました」

「あはは!さっすがー世留(せる)ナイス!」



ニッと笑いながら親指を立てると同じように親指を立て替えしてくれる。
事務所の規模も設立当初と比べて随分と大きくなった。
人が増えるほど統率は難しくなってくるものだけどこの事務所の人間なら…安心して留守を託せる。



「…………」



さてと…俺ももうひと仕事頑張りますかな。
そう思ってデスクに向かおうとした時、サイドキックの針谷と事務員の世留が俺の服を思いっきり掴んで引き止めてくる。
なんだと振り向く俺に向かって針谷は言い放った。



「なーに平然とデスク向かってるんだー?所長も早く休め」

「出張なんて移動ばっかだぞ?だからダイジョーブダイジョーブ。俺がいる間に二人は仮眠取っときな。まだ夜は長いんだし持たないよ。俺ちゃちゃっと終わらせちゃうから早くしないと寝る時間無くなるぞ〜」



そういいながら俺は空中でキーボードを打つ仕草をしてみせる。
だけど二人から返ってくる言葉はない。
軽いボケとはいえ、無視されると俺といえ流石に寂しいぞー。

だが針谷は思ったより神妙な面持ちで口を開いた。



「……所長。あんたが何やってるか俺は知らねーし教えてくれねーだろうな……でもな。ンな濃いクマ作ってる奴をほっとけるほど薄情じゃねえ。その心を教えてくれたのは……所長。あんただろ?」

「……!」

「……と、言うことです」



世留はパッと俺の服を離すとどこから取り出したか分からない四角形袋に入った薄い何かを俺に投げつける。
訳も分からないまま受け取る。
パッケージを見てみると…疲れ目に効くアイマスクと書かれていた。



「それすごく効きますからつけてさっさと寝てください。針谷さん!仮眠室に布団ひいてあげて」

「うす」

「いいよ。布団くらい自分でひくから」

「「!」」



その言葉に納得してくれたのか針谷も俺の服を離す。
それを確認してから俺は荷物を持って仮眠室へ向かった。



「じゃ。お言葉に甘えて────何かあったらすぐ声掛けてくれ」

「はい。おやすみなさい」

「ゆっくり休めよ所長」

「はいよ〜」



ヘラッと笑いながら仮眠室へ入っていった。
仮眠室に備え付けられている簡易的なシャワー室で軽くシャワーを浴びる。
そして布団をひいてから部屋の電気を消した。

目を閉じたらそのまま寝てしまいそうだ…だけど……。



「(早いとこ片付けねーとな…。ブルーライトが目に染みる…絶対視力下がってる自信あるわ)」



隣の事務室にいる二人にバレないように布団の中でパソコンを開いてなるべく音を立てないように作業を進めていく。

あいつらの優しさを踏みにじるようで忍びないが……今やらなくちゃいけないことがある。



「(……今日デーマンドがいなくて良かった)」



一通り今日やるべき仕事を終えてパソコンを閉じる。

そして長らく見ていなかったスマホに目を向けると1件の着信と複数のメッセージが届いていた。
まずは不在着信を再生してみるとそれはハルからだった。



《えー…もしもしヘルパット。お久しぶりです。最近忙しいって聞いて…ちょっと連絡してみました。また電話かけるので時間ある時に話しましょうね。おやすみなさい》

「(0時って…随分遅くまで起きてるんだな。インターン中なのに……わざわざ連絡くれてありがたいな)」



お次にメッセージ。
事務所メンバーとハル、そして以外な人物からのメッセージに俺は目を見開く。
いざそのメッセージを呼んでみるとそれは意外なもので、思わずぷはっと吹き出してしまった。
それに簡単に返信すると俺は寝る支度を踏ませて目を閉じた



「(そっちも苦手意識感じてるくせに…よく連絡してきたな。ほんっとあの子は……)」



《突然のメッセージすみません。昼間にハルくんと会って、貴方の話をしました。また改めて話がしたいのですがお時間頂けますでしょうか?》



決して巡り会うことのなかった二人が、



《めっずらしー!どういう風の吹き回しだ〜ホークス?》



一人の少年をきっかけに繋がろうとしていた。





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