◎ 標的07 野球少年の憂鬱(3/3)
再びバッターボックスへと山本が立ちバットを構えるボールが投げられる瞬間をただ待つ。
妙な緊張感がただよう中、葵も山本が打てるように願いながらその様子を見守る。
「(ここだ!!)」
カキーンとバットの芯を捉えた音が響き渡る。
そして飛んで行ったボールの先を見るとホームランの板で2人は喜びを隠せない。
そこから次々と飛んでくるボールを山本は簡単に打ち返し、ホームランの板にもどんどん当てていく。
そんな様子に葵も目を離せずにいた。
「山本ー!やったな!すごかったよ!!」
葵の差し出す両手に嬉しそうに笑いながらハイタッチするのではなく、ガバッと勢いに任せて山本は抱きついた。
「よっしゃー!!葵の言った通りだ!ありがとうな!!」
「お、おう――!」
山本は自分がしている事に気づくと慌てて離れて葵に悪いと謝る。
良いよと言いながら、それより自分のスランプを脱したことを第一に喜んでくれる葵に山本の頬が赤く染る。
「(無邪気だな……オレの事なのに自分の事のように喜んでくれてる……)」
「?どした?」
「い、いやなーんも!」
「そうだ!脱スランプってことでお祝いしないとな」
「ぷっ……あはは!それもそうだな!」
「ちょっと待ってて」
売店に何か買いに行ったかと思うと買ったものを背中で隠しながら戻ってくる。
そしてニッと笑いながら目の前に買ってきたものを差し出す。
「じゃーん!」
「ホームラン棒アイスじゃん!オレ、これ好きなんだよな〜」
「よかった!」
「でもどうしてホームラン棒なんだ?オレ好きだって伝えてなかったよな」
山本の問に少しだけ恥ずかしそうに笑いながら答える。
「これから山本とホームランに縁があるようにって……ちょっとしたジョーク!……みたいな?」
「あははは!なんだそりゃ!」
「あ!今馬鹿にしただろ〜ホームラン棒に笑うものはホームラン棒に泣くぞ〜」
「馬鹿になんかしてねーよ」
例えつまらないジョークだと言われても、山本にとっては葵の優しさを感じたから嬉しくてたまらないものとなった。
アイスを食べ進めていくと山本はあることに気づく。
アイスの棒に「三塁打:3ポイント」と印刷されていたのだ。
「当たってる……」
「それなんだ?」
「これはな当たり付きのアイスで、棒に書いてあるポイントを4ポイント貯めるとなんかプレゼントもらえるんだ」
「本当!?すごいな……」
「今3ポイント当たったから――葵がなんでも良いから当たり出せば応募出来るぜ」
「!ちょ、ちょっと待ってて」
山本に言われてアイスを急いで食べると棒を確認する。
だが何も印刷されておらず、葵はがっくしと肩を落とした。
そんな様子を面白そうに山本は笑っていた。
「元気出せって!また一緒に食った時当たったら応募しような」
「うん。なら――約束、な!」
「!」
差し出された小指に自分の小指を絡める。
自分と比べて随分細い小指だった。
「約束なのな!」
「うん!じゃあこれ大事に置いとかないとな」
山本から棒を受け取ると近くにあったトイレで軽く洗って水気を取ると、大事そうにティッシュに包み、当たった本人である山本へと渡す。
「絶対失くしちゃ駄目だぞ!当たるまでは置いといてね!」
「はいはい。任せとけっての!」
些細な約束かもしれない。
だけど、オレにとってはすげー嬉しかったんだ。
普段食べてるアイスがいつもより数倍美味しく感じたのは、きっと――
「ありがとう、山本!」
あいつの笑顔がすぐそこにあったから。
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