◎ かくしごと(3/3)
「はあ……(思ったより時間かかっちまったな……)」
昨晩荒らしに荒らした自室を片付け終え、肩を回しながらリビングへと向かう。
扉を開けるといるはずの葵がおらず、獄寺はあれ?と首を傾げていると微かにピアノの音が耳に届く。
「……!(この音…!?)」
微かに部屋から漏れる音が、
昔聞いた懐かしい音と同じような気がして、
知らない間に扉に向かって駆け出していた。
「柔らかい手、ピアノを弾くのに最適な手ね」幼い頃の記憶が戻ってきた気がした。
曲は違うかもしれない。
だけど、奏でる音は確かに同じで――
それに縋って、もういるはずのないあの人の影を探している自分がいたんだ。
ガチャッ
「!」
「……」
「獄寺?」
眉をひそめて険しい表情を浮かべる獄寺にただならぬ雰囲気を感じて葵は慌てて演奏を止める。
そして獄寺の承諾を得ずに勝手にピアノを弾いていたことを謝ると近くにあったクロスで鍵盤についた自分の指紋を拭き取り蓋を閉めようとする。
だが、それを獄寺が制止した。
「お前が弾いてたのか?」
「う、うん。昔ちょっとだけ習ってて…」
「…………」
「獄寺?」
いるはずのないあの人と葵を重ねて、オレは一体何してんだ。
だけど、あの人の演奏がもう一度ずっと聞きたかった。
葵の演奏とあの人の演奏は技術的には天と地ほどの差がある。
だけど、ピアノから奏でられる音の柔らかさや鍵盤のタッチはとてもよく似ていて――
「…………っ」
不覚にも少し泣きそうになった。
「……大丈夫か?」
「!」
声をかけられて俯いていた顔を上げるとそこには心配そうな表情を浮かべる葵の姿があった。
それを見るや否やどこか安心した獄寺は口元を少しだけ緩めこころなしか穏やかな表情へと変わっていく。
獄寺は鍵盤の蓋を抑えていた手を離すとそのまま葵のおでこ目がけて思いっきりデコピンを放つ。
不意打ちをくらって、綺麗に入ったため葵はおでこを抑えながら痛みに耐えた。
「なーに勝手に入ってんだ!果たすぞ!!」
「ご、ごめんなさい……っ」
「ったく――」
そのままリビングに戻ろうとする獄寺の服の裾を葵は引っ張り制止する。
「あ……」
「なんだよ」
「えと……いや、なんでもない」
「?……変なの。ほらさっさとこっち来い」
葵は少しだけ名残惜しそうにピアノを見るが、先程勝手にうろうろするなと怒られたばかりだったため、黙って獄寺の後を追った。
だが脳裏には先程の獄寺の表情がぐるぐると浮かんでは消えてを繰り返していた。
「……(何かあったのかな……)」
その時、葵はふと気づく。
自分は獄寺のことを何も知らないと。
どこで生まれたのか。
どんな風に生きてきたのか。
獄寺だけじゃない、他のみんなの事を自分はどれだけ理解出来ているんだろうか?
そう考えた時、自信を持ってそれに答えることが出来なかった。
「おい。コーヒーは飲めんのか」
「あ、うん。お構いなく…」
「おー」
「…………」
仲良くなって近づけたと思ったのに、まだまだ遠いな。
いや、でもオレも――
「(みんなに話してないことたくさんあるのか…)」
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