振りかぶった拳でまさに力任せに、加減なく遠慮もせず、それを隠すこともせずに相手をぶん殴ろうとした捺姫に対し、アラゴンはそんな行動をまるで見抜いていたかのように小さく微笑む。ばちり、と耳に入った音に彼女が気づいた時にはもう遅く────電撃を纏ったアラゴンの拳は、容赦なく捺姫の拳にぶち当てられた。



単純な力比べを、あの体躯に似合わぬ怪力を持った彼女と馬鹿正直にやり合うのは、それこそ愚かだ、と。彼女が彼女らしく、馬鹿正直に突っ込んで来たのを見て。自分は自分らしく器用に立ち回る戦法をとらせてもらおうと思っていたアラゴンだが。拳をぶつけ合う、という戦法にだけは合わせてしまったのが悪かった。互いに思い切り吹っ飛び受け身はとったものの、右腕が自由に動かないのだ。骨はどうやら折れていないらしかったが、暫くこの痛みは続くだろう。おいおい最初の、小細工なしの一撃でこれかよ、と。そんなことを考えながらも、軽い動作で彼は立ち上がる。

前方を見ればアラゴンと同じく、立ち上がる彼女が視界に入った。



「あーあ…やってくれるね、君。流石だよ」
「あはっ、あんたこそ。ぼくと戦ったことあるくせにさあ、よくマトモに拳に突っ込んできたね」
「何それ。オレ馬鹿にされてる?…それとも褒め言葉として受け取っていいのかな」
「褒めてるに決まってんだろ、ばああああああ、っっっか!!」
「は、…うわっ!?」



耳を塞ぎたくなるほどの大声、…というだけならば関係ないと、電撃だけでは奪い切れなかった彼女のスピードを、特攻してきたところでお得意の糸を使い絡めとろうとしていたアラゴンだったが。恐らく馬鹿、と言い放ったであろう捺姫の声。たったそれだけの、普通ならば攻撃とは言えないようなもので、今度は糸ごと吹っ飛ばされた。ただし背を地に付けることなく、踏み留まる。声という名の衝撃波を受け止めた壁は、見るまでもない。「おー、初めての実戦にしちゃあ、上出来の威力じゃん?」さすがぼく、と冗談めかした腹の立つ一言を添えて、彼女はアラゴンに歩み寄る。



「捺姫、だっけか」
「そうだぜ、アラゴン」
「…手品師に種を聞くのは、純粋に手品を楽しめないつまらない奴がやることなんだけど。どうせ君のことだ、種も何もないんだろうから聞くね」
「ふうん…なんだよなんだよ、あんた随分ぼくのこと馬鹿にしてくれるね」
「なんだよはオレの台詞だ。…ほんとなんだよ今の。ずるいじゃないか」
「ずるいなんて本当はちっとも思ってねーくせに。見ててすぐわかったろ? 声だよ声、種も仕掛けもございませんよー、ただの大声に決まってんじゃん」
「えー…そういう嘘とかいらないんだけどなあ」
「逆に聞くけどあんた、ぼくが頭使わない直接的な攻撃以外出来ると思ってんのかよ」



「近距離遠距離はともかく、ね」「………君、ほんっと馬鹿なんだね」だって今のは、自ら馬鹿ですと宣言したようなものじゃないか。最早溜め息しか出てこない。



「アラゴン専用衝撃波、なんちゃって。…あはは。ま、ぼくなりにアレンジしただけのハイパーボイスなんだけどね!」
「腕っぷしだけじゃなくあちこちが、それこそ馬鹿みたいに普通じゃない君だから今の威力で出来たわけか」
「いやんっ!褒めすぎだぜーアラゴン!照れるじゃんか!」
「ちょっと貶してみてもそれか…口喧嘩じゃ、ある意味勝てる気がしないね!」
「なぁに言ってんだよ。殴り合っても勝てないくせに!」



どこか和やかにすら見えた会話をぶち切り、捺姫が高く跳び踵を上げる。彼女だからこそ出来る大胆なモーション。そして彼女の単純な戦法を知っているアラゴンだからこそ。口角が上がるのを止められない。ばちり。互いに、最早聞き慣れたと言っても良い音が響く。お得意の電撃だ。「っあ………!」悲鳴すらあがらない。交わそうとし捻り上げた脚に見事命中した電撃に、たまらず空中で体勢を崩す捺姫。「君の攻撃は今までになく読みやすいね…隙だらけだよ」言い終わる前に地面を蹴り跳び、そして電気を帯びた拳を捺姫の薄い腹にぶち込む。



「ぐ、ぅ………ッ!」
「ほら、次はちゃんと避けられるだろう?」



受け身の取れない捺姫に流れるような動作で今度は背中に踵からの蹴りを一発。この狭い場所でこれだけの動きが成せるのは、彼の素早さと頭の回転の良さからだろう。電撃と打撃を同時に受けて、派手な音を立てて地面に叩きつけられた捺姫に対し、してやったりと笑い、トンと軽い音をさせて着地するアラゴン。「…終わりかな、捺姫?」そう口に出してはみるものの、これくらいで倒れるような軟弱な相手ではないことは知っているのだが。踵落としを決め込むつもりだった彼女のそれを止め、そしてそのままやり返す辺りに。「あんたの性格の悪さをひしひしと、感じちゃうねぇ…ッ!」呟く捺姫は倒れ伏したままぎりぎりと床に爪を立て、長髪を振り乱すようにして身体を起こした。骨とかやばいはずなのに。けれどそれでこそ彼女らしい、とアラゴンは思う。勢いに任せて、軋む身体を無理矢理叩き起こしたのだ。血の混じった唾を吐き出し、ぼろぼろの身体で、楽しくてたまらないと笑う。



「…やだなぁ何言ってんの? 俺なんて見たまま、善良としか言えない性格してるだろう」
「ったくよぉ、ぼくみたいないたいけでちっちゃな女の子苛めて楽しいか? この性悪ロリコン野郎」
「やめてよそういうの…不名誉すぎる。ロリコンならうちの兄弟だけで十分間に合ってるんだからさ」
「へぇ? じゃあアラゴンが死んじゃったら次はその兄弟とやらに遊んでもらおうか、なっ!!」



拳に炎を纏わせ間合いに一気に入り込んできた捺姫に、対応し切れずに──けれどあくまで冷静に、僅かな間にダメージを相殺するための電撃を繰り出そうとしたアラゴンだったが。「ぼくだって、あんたの戦い方がわかんないわけじゃないんだぜ?」「え…?」利用しようとした僅かな間すらなかった。拳にばかり気を取られてしまった、というよりは今まで単純で直線的な戦法しかとってこなかった捺姫の動きに対し、認めたくはないが油断をしていたのだ。

トッ…という微かな音と共に、足首に軽く何かが触れた。あれ、と思った瞬間にはかくんと体勢が崩れる。

攻撃力も何もない、 ただの足払いである。

視界に入った捺姫の拳からはとっくに炎など消えており、マウンドポジションをとられ顔をひきつらせるアラゴンに対し────捺姫はにっこりと、邪気たっぷりの血塗れた笑顔で、単語だけを口にした。



「流星群」










*










「よぉ、起きた?」
「…君さぁ、馬鹿力なだけじゃなく回復力もとんでもなかったりしない?」



前も俺の雷にぶち当たったくせに俺より先にいなくなってたし。そんな風にぼやきながら身体を起こそうとしたアラゴンは、あちこちから走る痛みから起き上がることに失敗する。「違う違う。ぼくは痛めつけられた身体の動かし方に慣れてるだけだぜ」自分をこんな状態にしやがった捺姫は、辛うじて残っていた廃屋の壁に寄りかかるようにして半身を起こしアラゴンをにやにやと見ていた。ちなみに、不幸な戦いの場となってしまったこの廃屋、もうすでに屋根というものは痕跡すらない。

戦った本人達は言うまでもなく満身創痍だが、巻き込まれてしまった周囲の被害は…言い表すのも嫌になる。



「前にあんたと遊んだときはぼく負けちゃったからさー、今回はこれでリベンジかませただろ?」
「見事にね……っ、痛っ」
「あ、あんたの右腕多分折れてるよ。あと気をつけて欲しいのは両手の指ともしかしたら内臓かなー…骨折ってのは元通りになるとは限んないんだからちゃんと治療しろよ?」
「やったのは君なのによく言うよほんと…むかつくね。余裕そうに見えるけど、そういう君こそ実は俺より怪我が酷いだろう?」
「あははっばれちゃったねぇ。ぼくの方は両足が面倒くさいことに動かねーしあんたの蹴りのお陰様で肋が折れちゃってるから下手に上半身も動かせないんだぜー」
「あー成る程。内臓傷つけるからねぇ、折れちゃった肋骨は。気をつけなよ?」



強がって軽口を叩き合ってはいるがふたり共身体はぴくりとも動かせずにいる。しかしこのふたり、正反対なようで負けず嫌いな面は似通っているせいか、まさにこのぼろ雑巾のような状態のまま、互いの仲間が自分達を見つけるまで仲の良い友人同士のように和やかな雰囲気で、えぐいにも程がある口喧嘩を続けるのだった。











あーちゃん宅のアラゴンさんお借りしました!
というかホワイト隊の皆さんも勝手ながらお借り…させていただきまして…書きたいものを詰め込んだらとんでもないことになりましたが許して下さい…

戦闘コンビが好きすぎて息するのがつらい私です。

ありがとうございました!