心配性の兄弟達(主にラリマ)をどうにか言いくるめた翌日。
もう長い間誰も近寄ってすらいないであろう、ぼろぼろだとしか言い様のないような廃屋にアラゴンは訪れていた。



ターゲットである彼女が、ここを出入りしていたという話を聞いたからである。以前出会った時のあの様子から、人の姿をとっていてもまるで凶暴な動物だと思ってはいた、が。
廃屋の荒れ様は酷いもので、…誰かの気配は感じられるが、とても生き物が住んでいるようには見えない。…一歩踏み込んだら屋根が潰れる、だとか床が抜ける、なんて間抜けなことにはならないだろうか。「………」そうならないようにそろそろと、けれど確実に廃屋へと、アラゴンは足を一歩踏み入れた。



足を忍ばせてもギシ、と煩く軋む床。それと同時に誰かの気配がぴくりと動くのがわかる。
とっくに気づかれてはいたのだろうが、今ので確実にアラゴンの位置は知られた。しかしそんな状況に焦ることもなく、こちらも相手に先手を打たれぬよう細い糸をあちこち張り巡らせる。これだけぼろぼろだと逆に防犯になるもんなんだ、そう能天気に思いながら、忍ばせる必要のなくなった足を一歩、大胆に踏み出した。








*







ギ、と足を踏み出した直後である。



前方からの、殺気。



反射的にアラゴンがすぐその場を飛び退いた瞬間、元々酷く脆く、けれど殴れば自身の拳にダメージが来る。
その程度の強度の廃屋の壁が、鈍い音と共に、勢い良くぶっ飛んだ。



「…なんだよ。ここ、壁壊しても崩れないのか。地道に、気配のもとを探そうとしたのに」



古く、長い間使われていなかった廃屋だ。粉々に砕けた壁だった物と一緒に、ぶわりと舞った埃に目をやられないよう腕で庇う。見なくともわかる、あの時の気配。そして殺気。
砕けた壁の向こうを見れば、ああ、思わず口角が上がる。案の定。



あの少女が、立っていた。


恐らくあの馬鹿みたいな怪力で壁を蹴り砕いたのだろう。ポケットに両手を突っ込んだまま、片足だけを上げている────それと、ごほごほと、うっすら涙の浮かぶ目で咳き込んでいる辺り、自ら巻き上げた埃にやられたらしい。



…蹴り壊す時、何も考えなかったんだろうか。



「うえぇっ…………と、ごほん。…おにーさん知らないのか?そういう面倒くせえとこでターゲット炙り出すなら、適当に外から建物ぶっ壊してやれば、簡単に出てきてくれるんだぜ」
「なんて暴力的な考えだよ…ま、嫌いじゃないけどね。今後の参考にでもさせてもらうかな」
「たまーにターゲットごと潰れちゃって遊んでもらえなくなるんだけどね。あー…っ心の底から会いたかったよ、おにーさぁん」



「あは、ほんとさぁ、頑張った甲斐があったよ」「頑張るって、何を?」互いの名前すら知らないというのに、軽い素振りで会話をする二人。「ぼく、どうしてもあんたと遊びたくてさ。セレナイト…ホワイト隊っつーギルドの一員ってとこまでは、まぁ色々脅したりして自力で調べたりしたんだけど…後は面倒くさくなっちゃって、適当な奴らに遊んでもらってたんだよね。あんたが来てくんないかなって思ったりしながらさ」その言葉の通りなのだろう。「君のせいで、俺達のギルドにまで話が来たんだよ…良かったね、こんな所で寝泊まりしてまで待った俺が、偶然とは言え現れて。…あと遊んでもらってた、じゃなくて、君の場合相手で一方的に遊んでたって方が正しそうだけど」くすくすと静かに笑う彼に対し、彼女は八重歯を見せながら笑い、彼に歩み寄る。



「おにーさん。ぼくの名前、捺姫。捺印の捺に姫って書いて、捺姫だ」
「ああ、そういえば名前聞いてなかったね。俺はアラゴン。よろしく、捺姫」
「ああよろしく、…アラゴン」



友情の証に握手を交わすような気軽さで、彼女、捺姫は炎を纏わせた拳を。彼、アラゴンは潜めていた電撃を。



互いに力一杯ぶつけるために、振りかぶった。