「………暇だ」



そう小さく呟き、その場に躊躇いなく仰向けに倒れ込んだ彼女は、無心になって空を見つめる。



自分の天敵は何より退屈な時間だ、とぼんやりした脳で思考する。そのうち空を流れる白い雲をじっと睨み付けていることにも飽きたのか、寝返りを打って少しでも退屈を紛らわすため草でも抜こうかと体制を変えた。そこで、彼女は自分の周囲に一本の雑草も生えていないことを思い出す。



数分前に兎(彼女以外はその兎を仕事上のターゲットと呼ぶ)を追いかけ回していた自分が、兎と共に炎で燃やしてしまったのだ(捕まえた兎には興味をなくし、適当に縛って捨てたらしい)。



「あああああー…っくそ、つまんねえ…!」



意味のない独り言を呟き焼けた土の上で転がりながら、依頼された仕事を終えてしまった彼女は、暴れ足りなさからチームの皆が待つ場所へ帰るのを、自分勝手すぎる理由でひたすら嫌がっていた。

戦い足りない暴れ足りない。

だからと言って素直に帰っても平和主義なメンバー達は自分と遊んではくれない。
第三者からしたら知ったこっちゃあるかというのが本音である。



身体の芯から痺れるような、心の底から熱くなるような戦いが出来る相手が欲しいのに。起き上がり、胡座をかいて、動物のように首を振り長い黒髪から汚れを払う。ついでに顔も、身体も。



「ん、…んん?」



そういえば、と。
痛みから服の裾を捲り上げすぐ目に入る横腹にある、未だ消えない痣。骨折自体は治ったものの、こちらはまだくっきりと残っている。数ヶ月前、随分と久しぶりに、満足出来た相手がくれたものだった。



「あー……あれは、楽しかったよなぁ。あのおにーさんと遊ぶの」



もう一回くらい、彼と戦う機会が訪れないだろうか。


いや、一回と言わず何度でも。
以前出会った時、彼は確か傭兵だと言っていたか。達成するべき依頼のために、誰かを守っていた。
そういった依頼を受けられるような場所、…例えば、どこかのギルドで働いている、とか。



「……なぁんか、会える、気がしてきちゃった」



彼女も、好き勝手はしているが、一応は小さなギルドで働いている身なのだ。ギルドがどうしただのどこのチームはどうだの、細やかな情報を調べただの何だのは面倒なので他のメンバーに押し付けてきたが、あの心臓が震えるような戦いを再び味わえるのなら。

少しくらいの手間は、気にしてなぞいられない。



ここまで思考がまとまってしまえば、こんなつまらない場所で道草を食っている場合ではない。
気絶させて縛り上げた兎をやはり躊躇いなく大胆に引き摺りながら。彼女、捺姫は勢い良く走り出した。








*








「近頃、この辺りで人が襲われることが多いらしくてね。狙われるのは専ら賞金首とか、ある程度戦うことの出来る連中。一般の人達が襲われたっていうのは、今のところ聞いていない」
「ふうん」



「それで、今回の俺の仕事の内容は?」ラリマの話にいち早く反応を見せたのはアラゴンだった。気のせいか、彼の青い瞳が一瞬輝いたような。「随分と乗り気じゃねーの。俺の仕事は、とか」にやにやと笑いながら、アンモはアラゴンの肩に腕を乗せる。いつもの調子で軽くあしらいしっしとその腕を払うと、アンモは何か言おうと口を開いたが、結局不満そうにテーブルに突っ伏してしまった。ラリマを中心に他の兄弟達は、そんなふたりを見てこっそりと笑い、ちょっとだけ呆れた顔を見せる。



「今回の仕事は、確かにアラゴンに向いているかもしれない」
「ターゲットは実力者ってこと?」
「てめー自分が楽しむことしか考えてねえだろ」
「最近はずっとつまらない仕事ばかりだったんだよ、たまにはいいじゃないか」
「最初はただの盗人か何かだろうってことで、あちこちのギルドが彼女を捕まえようとしていたんだって」
「彼女?…え、何、女?しかも単独かよ」
「情報によると女性…というより、小さな少女だそうだよ」



真摯な表情で資料を見つめているアベンチュに兄弟全員の視線が突き刺さる。「…なんだ、じっと僕を見て」そんな彼に、テンガンが無表情に言う。「いや、少女と言えば、ね」「写真が酷くぶれていてこの資料じゃ判断が出来ないんだ…」何の判断だ、何の。とアベンチュ以外は胸中で突っ込む。

口に出さないのは面倒くさいからだ。



「写真あるの?」
「酷く、ぶれていて」
「いや別にそこは聞いてないから。それ、俺にも見せてよ」
「げ、なんだよアラゴン…おまえまでそんな趣味…?」
「違うからね。みんなして俺をそういう目で見ないでくれる」



小さな少女。
それと、単独で特に目的なく対象を襲っている。
パッとアラゴンの頭に浮かぶのは、数ヶ月前仕事中に出会った…というよりは、戦わされたと言った方が正しいか。あの酷く野性的な少女であった。



まさかなぁ、とは思いつつ、どこかで期待をしながら資料を受け取り目をやる。



「………」
「…どうしたんだよ、黙り込んで」



確かにアベンチュの言う通り、写真は酷くぶれていた。顔どころか身体の半分しか写っておらず、しかし。
強く印象付いていた、いつかの長い黒髪。



「…ねえラリマ、この子さ、今から捕まえに行くんだろ」
「ああ、そうだよ。これ以上ギルドに被害が及んだら困るから。外見的な特徴は写真よりも他の資料から見た方が、」
「いいよ、そんなの」
「……なあ、僕はこのターゲットの行動が理解出来ないんだが。ここまで大胆に存在を主張して、自ら見つけて捕まえてくれと言わんばかりじゃないか」
「ああ、なんだそっか………多分、それね、見つけて捕まえて欲しいんじゃなく、見つけて遊んで欲しいんだよ」



一人、アベンチュの言葉に納得したように頷きそう述べるアラゴンに、他のメンバーは首を傾げるばかりである。

まるで、よく知った人物のことを話しているようだ。



「ねえラリマ、頼みがあるんだけど」
「ん?」
「今回のこの仕事は、俺一人にやらせてよ」



どこか楽しげに微笑んで、アラゴンはそう言った。