瞼を持ち上げても、見える世界には、果てしない闇が続いていた。何もない空間。上か下かも分からない場所。何故かずっと足は動いていた。意志とは関係なく一定のスピードを保ったまま、歩いて歩いて、だけど先には何もない。途中でちらりと光が見えた。青色の光、赤色の光、黄色の光。他にも様々な色の光があって。それらは強く輝いていてとても綺麗だった。しかし、欲しいと思って手を伸ばすと、先へ先へと逃げてしまう。追いかけても届かない。届けば周囲が明るくなるかもしれない。真っ暗な世界の一つ一つを眺めることができるかもしれない。自分すらも見えるようになるかもしれない。あと少しで届きそうなのに、何が駄目なのだろう。


「それは強さだ」


伸ばした手が誰かに力強く掴まれた。振り払おうと藻掻くとさらに力が強まって、思わず痛みに顔を顰める。暗闇に包まれているから誰なのかまるで見えない。


「誰…」
「誰だと思う?」


嘲笑うような声に苛立ちを覚えた。せっかく光が手に入ると思ったのに。今は小さくて消えてしまいそうな程、遠くに行ってしまった。邪魔をされたからだ。いるであろう方向を睨むと、相手は喉を鳴らして笑っているのが分かる。


「…何なんだ、お前」
「まあまあ。そう怒るなって、櫂トシキ」


教えていない自分の名前を呼ばれて目を見開く。
一体、誰なんだ!?
黒に塗りつぶされて人の形すら見えないそれに、得体の知れない恐怖を覚える。逃げ出したいと思った。理由はない。だけど頭の中で警鐘が鳴るのだ。一刻も早く逃げろと。ゆっくり後退りをした。すると相手は一歩、近付いた。さらに一歩、もう一歩。


「…っ、は…離せ…」
「どうして?」
「…どうしてって、お前こそ…どうして俺を離さない」


そう言った瞬間、ぐいっと腕を思いっきり引っ張られ、相手の懐に倒れ込んだ。そうして気付く。今喋っているのは間違いなく生きている人間のはずだ。言葉を発しているのだから当たり前なのに。なのに、触れた体はひんやりと冷たくて、血が通っているのか不思議なほど、まるで氷に触ったような感じさえした。


「お前を離さないんじゃない、お前を離せないんだ」


今まで見えなかったはずの黒が、爪先から頭へと徐々に色を付けていく。そうしてはっきりと姿形を確認して言葉を失った。


「何故なら俺は、櫂トシキだから」


にたりと笑う男の顔は、自分の顔と瓜二つ。それどころか着ている衣服も背丈も同じなのだ。くらくらと酷い目眩がした。立っているのが辛くて、腕を掴まれたまま膝を突く。


「…ふざけるな…貴様が、俺であるはずない」
「否定したければ否定しろ。いくら否定しても俺は櫂トシキだ。いや、少し違うな。強く在りたいという願望、お前が理想とした姿、と言うべきか」
「…っ?俺の理想としている姿…?」
「そう」


自分を憐れむように見下ろしたまま男は話を続けた。


「誰にも負けない強さを得たかっただろう?自分に挑む者、自分が挑む者。その全ての者に敗北したくない。弱いから大切な友を止められなかった。弱いから大切な友のために何もできなかった。友人も仲間も成長して強くなっている。けれど自分は成長せず立ち止まったまま。強く在りたいのに。こんな櫂トシキになりたいのに」
「それが、お前だと言うのか…?」


静かに頷いた男はようやく掴んでいた手を離す。そしてさらに二、三歩自分から離れ、両手を高らかに上げた。すると先程まで追いかけていた光が何処からともなく現れ、その手に吸い寄せられるように集まっていく。


「俺は強い。何せ、先導アイチにも雀ヶ森レンにも勝利したからな」
「…アイチに…レンに…?」
「お前は勝てないだろう。可哀想な櫂トシキ。弱い櫂トシキ。そのままではいずれ二人に失望されて見捨てられる。強くない櫂トシキに価値はないからなあ?」
「!」


同意するように光は点滅し、男は告げた。


「弱者である櫂トシキなどいらない」


綺麗な色を放つ数々の光は男の周囲に集まり、さらに強く輝いた。一つの光すら寄り付かない自分には黒だけが残される。そうだ、分かっている。理解している。弱者に誰も見向きはしない。強者に誰もが惹かれる。当然のことだ。足元からじわじわと黒が染み込む。いずれ自分の全てを飲み込むのだろう。


「さよならだ」


櫂トシキは穏やかに微笑んだ。温かな光に包まれて幸せそうだった。不思議と涙は流れなかった。


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強者である櫂トシキこそ本物なのだ!

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