久し振りだな、学校に来ないで何してたんだよ?
なんていつもの調子で話しかけることもできず、情けなく俺はその場に立ち尽くしていた。それは俺だけではなくアイチ達も同じ。まるでメデューサを見てしまったかのように体が固まって、ただただ呆然とファイトを眺めていた。見たことのないクラン、リンクジョーカー。そしてお前は誰だと問いかけそうになる程、変わり果てた親友の姿。実際、疑問を口に出していたらしく、櫂くんだよねとアイチが不安げに聞いてきた。
俺はそれなりに櫂トシキを理解していた。アイツは昔から変わらない。人付き合いが下手だけど、優しくて熱い男なんだ。だから俺は言いたいことや考えていることを察し、ちょっと危ういアイツを支えてきた。
なのに今、目の前にいる男が、何を考えているのかさっぱり分からない。初対面の人に会うような気さえした。


「…先導アイチ、俺と戦え」


虚ろな瞳に映っているのはアイチだけで、他は存在すら認識していないように思えた。目には見えないけれどとてつもなく禍々しいオーラが櫂の周囲に漂っている。まずい。直感でそう判断して二人の間に割って入った。


「……何だ」
「何だじゃねぇだろ。何処に行ってたのかと思えば、帰ってきて早々にファイトってさ。お前に休息ってモンはないのかよ、櫂」
「そんなもの必要ない。俺は強いファイターと戦うだけだ」


感情の断片すら読み取れない今の櫂は、まるで人形のようだ。誰かが何かをしたのだろう。けれど俺の知ったことではない。もちろん、櫂を変えた奴に腹は立つ。できるのならボコボコにしてやりたい。だけどそれ以上に、櫂と自分に対しての怒りがぐるぐると渦巻いていて。話してくれるまで待てば良いと思っていた。話してくれると思っていた。なのに、話さないどころか内に溜め込んでばかり。一人で行った櫂と、一人で行かせてしまった自分と、どちらにも苛立った。そして気付いた時には櫂を殴っていたのだ。


「み、三和くん!」


背後にいたアイチが慌てているのが分かる。だけどいつものように接する自信がなくて無言を貫いた。久々に友達に拳を振るった。喧嘩を好まないのもあるが、友人とぶつかり合うこと自体、あまり経験がない。けれど今回は違う。他の誰でもない、櫂トシキだからこそ。


「どうしたよ、櫂。殴り返さねぇのか」
「………」


何も言わずに起き上がった櫂の目に、今はしっかりと自分が映っている。そして薄っすらと怒りも垣間見えた。それは当たり前だろうが、自業自得だと言ってやりたい。俺を怒らせるから悪いんだ。


「……三和、」
「ああ、お前とヴァンガードファイトはしないぜ」


次に発するであろう言葉への答えを先に述べた。この場で戦っても負けるのは目に見えている。様子がおかしい櫂を相手にして、巻き添えを喰うのは御免だ。道を示すのは俺の役目じゃない。俺の役目は転ばないように手助けをすることだけ。我慢できなくて殴ったのは、ファイトするための挑発ではなく、個人的に面白くないという理不尽な理由だ。


「腹立ったかよ。ま、お前が元に戻ったら、俺を殴るにしろ怒るにしろ、好きにすればいい。だけど今のお前に何を言われても、聞く耳を持つ気はねぇからな」
「…元に戻る、だと?俺は生まれ変わった。かつての櫂トシキなどもういない。戻るなんてことは、あり得ない」


くすくすと不気味に笑う櫂から発せられた言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。つまり櫂は否定したのだ。自分自身を。なんて馬鹿なことを、とやるせない気持ちに歯を食い縛る。怒りも悲しみもごちゃ混ぜの心を整理できるほど器用な人間ではないと自覚していた。だから、もう、できることはない。


「アイチ」
「は、はいっ!」


一連のやり取りを見ていたアイチは、突然呼ばれた驚きに体を震わせた。俺はもう一度だけ櫂と向き合って、目と目を合わせてから離れる。そして戸惑っているアイチの頭をそっと撫でた。


「櫂のこと、頼む」


いつものように笑顔を浮かべたつもりだが、どこまでちゃんと笑っているのか、鏡がないから確認できない。だけど力強く頷いたアイチに、今までで一番酷い顔をしているのだろうなと思った。


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