※庇護者の続き


「どういうつもりだ」
「…と、言いますと?」


冷え切ったスープをスプーンで掬い、口に運んで味わって、ごくりと飲み込む。ちょうど良い味だった。憎むべき敵であるはずの自分の言うことを嫌々ながらも聞くのだ。まったく彼は馬鹿でお人好しで甘いなあ、と立凪タクトは思う。そうして今思ったことが伝わっているだろう人物に視線を向けると、彼は不機嫌さを露にしながら、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰掛けた。


「三和はファイターではない」
「君が求める強いファイターではないだけでしょう?リンクジョーカーは地球の全てのファイターの力を欲している。繋がりが深い君ならば、理解っているはずです」


櫂トシキの心中を把握しているけれど、タクトは知らぬふりを続ける。そんな少年に対して櫂は瞬間、近くに置かれていたフォークを手に取り、素早く先端を突きつけた。向かう先はタクトの右目。ガタンッ、とテーブルが大きく揺れた。
しかし次に瞬きをした時には、櫂の手からフォークが消え去っていて。


「生まれ変わった君は、気性が激しいですね。まあ、それも愛おしいのだけれど」


耳元で囁く声にぞわりとして振り返れば、櫂の背後にはつい数瞬前まで目の前にいたはずの少年の姿。驚きに思わず「ひっ」と小さく悲鳴を漏らせば、タクトは小馬鹿にしたように、くすくすと笑みを零した。


「三和タイシが大事なのでしょう?ならば、君がすべきことは一つ」
「…っ」


すらりと差し出された右手を、櫂は僅かに躊躇いを見せながらも掴み、その手の甲に口付けた。忠誠の証を確認させるために。代理人である立凪タクトに、虚無の存在であるヴォイドに、絶対的な忠誠を誓う。リンクジョーカーの力に侵食されながらも自我を保つ櫂トシキを制するために。
本当のことを言えば、三和タイシを堕とすなど容易くできた。しかし行わなかったのは、櫂の大切な心の支えだからだ。恐らく彼を巻き込めば、櫂は屈強な精神力をもって逆らうであろう。リバースしても尚、リンクジョーカーの力に溺れながら、自分自身を保っている。ファーストリバースファイターとして君臨するのだから、そうさせたとはいえ、なかなかに扱い辛い。だからこそ。


「トシキ」


声に出さずとも伝わる意思に、櫂はゆっくりと目を閉じる。そうして椅子から立ち上がり、片膝をついて深々と頭を下げた。


「君の主は?」
「…、立凪タクト…」
「ええ、その通りです。だから、ね、」


少年は未だ下を向いたままの櫂の頭に掌を翳す。するとポウッと赤黒い光が放たれ、櫂の体へと入り込んでいった。櫂は異変に気付かないまま、しかし徐々に瞳は虚ろになっていく。


「君は僕の言うことに、逆らってはいけない」
「…は、い…」


肯定の言葉が紡がれたのと同時に、更に深い闇の底へと心が沈んだことを確認して、タクトは笑みを深めた。櫂トシキを呪縛したとはいえ、未だ無意識下の部分はリバース化に抵抗している。だから櫂自身に呪縛させるしか方法がなかった。紡いだ言葉は糸となって腕を、足を、体全体を縛っていく。最後には雁字搦めになるだろう。そこでようやく、櫂はリンクジョーカーと一体化し、全てを虚無に飲み込まれる。


「さあ、席に戻りなさい。一緒に食事をしましょう?」


促すと櫂はぎこちない動作で椅子に腰掛けた。まるで見えない糸に操られた人形のように。そろそろ彼が夕飯を運んでくるだろう。
三和タイシは知らない。櫂がどれほど存在を必要としているのか。櫂トシキは知らない。三和がどれほど存在を必要としているのか。互いが互いを想い合ったまま、けれど、互いの気持ちに気付かぬまま、闇へと堕ちていく。
その光景を眺めていることが最も楽しいのだと、虚無の代理人たる少年は喉の奥で押し殺すように笑った。


「君達が肩を並べて歩くことなど、もう来ないというのに」


二人が望む二人の姿はまったく同じだ。隣にいたい。追いかける存在でも、追いかけられる存在でもない。共に歩んで行きたい。同じ歩幅で、同じ歩調で。
しかし描かれることは決してないだろう。
―――ああ、可哀想。
それを阻み壊すのは己であると自覚する少年は、冷えたスープを飲み干した。


「とても美味しいですよ」


―――このスープも、この悲劇も。
例えば三和タイシをリバースさせて、君はどんな反応を見せるのだろう。
例えば三和タイシの想いを伝えて、君はどんな反応を見せるのだろう。
かつて勇敢に戦った孤高のファイターが、傷付き壊れていくのは、可哀想で愛おしかった。だからもっと絶望の底に叩き落としたいと思ってしまう。哀れな哀れな櫂トシキ。手の上で踊らされる人形に成り果てて。
―――しかし僕だけは、君の全てを理解し、君の全てを愛してあげましょう。


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誰にも助けられないままだと、三和くんはЯして、櫂くんはLJに完全に侵食されてしまう、って話です。

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