50万打フリリク企画 | ナノ


▼ ひとつだけ

自分を客観的に見たとしたら、例えば今目の前にいる友人が自分と同じ立場にあるとしたら、間違いなく僕は彼に忠告するだろう。

「そんな最低な奴は早く見限った方がいいと思う」

全くその通りである。今まさに僕も同じことを考えていた。

「分かってるよそんなことぉ…」

だけど実際にそれを実行するのは難しくて、現にこうしてもう何度目かも分からない浮気も酒の力で流し込むことしかできないわけで。

分かっている。彼は僕のことなんか好きじゃない。好きなのは僕だけだ。だからどんな女の子とキスしようが、誰とセックスしようが、それは彼にとって浮気ではない。

分かっている、んだけど。

「でも好きなんだから仕方ないじゃんー」
「お前毎回そう言うよな」
「好きなんだよー。すっごい好きなのー」
「わっかんねー。なんでそんな奴好きなわけ?」
「そんなの僕が一番知りたい…」

段々と視界がぼやけていく。泣くな。泣くな泣くな泣くな。最初から承知で好きになったくせに、今更独占したいとか思うな。むしろこんな自分と付き合ってくれているだけ感謝すべきだ。

気持ち悪いと思われて当然なのに、彼は僕の告白を受け入れてくれた。笑いかけてくれた。もう十分じゃないか。

「都合いいセフレとしか思われてないんじゃね」
「…ない」
「え?」
「一回も、したことない」
「はぁ?三年も付き合っといて?」

そりゃそうだよ。ふつう男なんて抱けないでしょ。彼はノンケなんだ。

ぽろぽろと瞳から水滴が零れ落ちていく。辛い。苦しい。でも僕は彼のことを嫌いになれなくて、むしろ気持ちは募るばかりで、どんどんどんどん離れがたくなっていく。

「おい、ちょ…大丈夫か?おい!」

好きだからこそ、例え気持ちがつながらなくても、身体さえつなげられなくても、傍にいることをやめられないんだ。

――僕の記憶は、そこでぷっつりと切れている。



次に目を覚ましたとき、最初に映ったのは彼の顔だった。

「あれ…僕…」

さっきまで居酒屋にいたはずなのに、一体何が。身体がだるいし、なんだか火照っているような気がする。頭もガンガンする。

「…起きた?」
「えぇと、うん…ごめん。ちょっとよく分かってないんだけど、僕もしかしてずっと寝て…
?」
「体調悪いのに無茶して飲んだせいで、ぶっ倒れたんだよ。忍の友達が焦って連絡くれた」

会えてうれしいという気持ちと、まだ顔を見たくなかったという複雑な気持ちがせめぎ合って、胸の辺りが苦しくなった。それを誤魔化すようにへらりと笑う。

「あ…そっか…僕体調悪かったのか…いててて…」

痛む頭を押さえて起き上がろうとしたそのとき、突然強く抱きしめられた。

「えっ…」

一瞬で頭が真っ白になる。

「あの、な、何、どうしたの?」
「ごめん」
「え」
「ごめん、俺、忍になんて謝れば…」
「梓馬…?」

訳が分からない。だけど今こうして彼に抱きしめられていることに心臓がバクバクと音を立てている。こんな風に触れられたことなんて、今まで一度も。

「…最低なこと言っていい?」
「う、うん」
「俺、忍と付き合ってる認識がこれっぽっちもなかった」
「…うん」

知ってるよ。僕と梓馬の認識がずれていることくらい。それでも傍にいることの方が大事だった。好きになってくれなくてもいい。どんなに他の子と関係を持ったって構わない。隣を歩くことを許してくれさえすれば、それで良かった。

「そうじゃなくて」

ぎゅう、と背中に回された腕に力がこもる。触れられたところから淡い熱が広がっていく。

「俺に告白してくれたときのこと、覚えてる?」
「うん、まぁ、一応」
「梓馬のことが好きです…って言ったのは?」
「お、覚えてるけど」
「その後は?」
「その後…?」

何かあったっけ。必死で記憶の糸を辿ってみるも、それ以上思い出せることはなかった。そもそもあんまり思い出したくはない記憶だ。

「用事あるからってそのまま普通に帰っちゃったんだよ。忍は」
「え」
「だから俺、ありがとうとしか言えなくて」
「…」

あれ。つまり。ということは。

「ぼ、僕、付き合ってくださいって言わなかったっけ…?」
「うん。言われてない」

ガン、と頭を殴りつけられたような衝撃が走る。

多分、いや絶対、僕のことだから、好きの言葉を言うだけで精いっぱいで、結局訳が分からなくなって恥ずかしくて逃げたんだろう。用事なんて口実だ。

「…っ、ごめん、僕」

――付き合っていると思っていたのは、自分だけだった。

僕は馬鹿だ。勝手に思い込んで勝手に悲しくなって、勝手に彼の恋人になった気でいた。

何が浮気だ。それ以前の問題じゃないか。恥ずかしい。消えてしまいたい。

「ごめん、ごめんね。気持ち悪いよね」
「気持ち悪くなんか…」
「ごめん、ごめん、ごめん、もう、付きまとったりしないし、あの…」

この期に及んで「嫌いにならないで」なんて言葉を発してしまいそうになって、慌てて口を閉じる。嫌いになるもなにも、最初から好かれていないのに。ほら、こういうところが気持ち悪いんだよ僕は。

「は、はは…馬鹿だよね。何恋人面してんだよって感じだよね。軽蔑してくれていいし、あっ、もう僕の顔とか見たくないか」
「忍」
「迷惑かけてごめん。わざわざ家まで来てくれてありがとう。もう一人で大丈夫だから、帰ってもらっても」
「忍、俺の話聞いて」
「ごめん、今そんな余裕ないや」

頭が痛い。でもそれよりもっと胸が痛い。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、処理しきれない。張り裂けそうな痛みって、本当にあるんだ。

「頼むから」

彼は僕を抱きしめていた腕をゆるめ、じっとこちらを見つめる。

「俺に同じ間違いをさせないで。勝手に自己完結しないで」
「梓馬…?」

梓馬は何を言っているのだろう。同じ間違いって、どういうこと。自己完結ってなに。

「俺、甘えてたんだよ。忍とは友達でいたかったし、告白は一回きりでその後は何も言われなかったし、このままでいられるならそれが一番いいやって」
「…うん」
「でも忍はそんな俺を見てたんだろ。俺が他の人と付き合ったり、仲良くしたりするのを。ずっと近くで」

そうだ。梓馬はかっこよくて優しいからモテるし、彼の回りにはいつだって女の子の影があった。そして僕はその女の子たちに勝手に嫉妬して。

「それは、そうだけど…僕が勝手に勘違いしてただけだし…」
「浮気だ浮気だって毎回荒れてるんだって?」

かぁ、と頬が熱くなった。穴があったら入りたいとはこのことだ。今までの行動を全て無かったことにしたい。彼の顔を見ていられなくて、自然と顔を下げる。

「あの…ごめん…本当に、僕、ごめん」
「もういいよ」

突き放すかのような言葉に喉の奥が狭くなった。泣くな。もういいって、そんなの当然だろう。今度こそ見限られてしまった。もう元通りになんていかない。傍にいることさえもできなくなる。

「泣くなって」
「あ…」

俯いていた顔を両手で挟まれ、無理矢理上を向かされる。慌てて取り繕おうとするも、みっともなく歪んだ表情はそう簡単には戻らない。

「今言ってくれたら、ちゃんと返事するから」
「返事…って」
「俺のことまだ好きだよな?」

好きだよ。

条件反射のようにそう答えていた。

「うん。知ってる」

彼が優しく笑う。僕の胸が期待で高鳴る。

「その先も、聞かせて」
「先…?」
「あのときみたいに逃げないで、ちゃんと全部教えて。忍のしてほしいこと、俺に教えて」

――あれ?

言っても、いいの。

言わせてくれるの。望むことを許してくれるの。まだ希望はゼロじゃない?

「僕、は」
「うん」
「梓馬のことが、好きだから」
「うん」
「僕の恋人になってほしい、です」
「うん」
「え」
「俺も忍のことが好きだよ。どうぞ宜しくお願いします」

うそ。

「…痛い」

自分の頬を手のひらで叩く。ぺちんと小気味の良い音の後に、ひりひりした鈍い痛みが広がっていった。梓馬が慌てて僕の手首を掴む。

「ちょっ、何してんだよ。お前仮にも病人なんだから」
「だって夢かもしれないって思って、それで」
「だからってそんな古典的な方法で確かめなくても…それにもともと付き合ってる気でいたんじゃないの?今更夢もなんもないだろ」
「夢だよ。こんなの、夢みたいだ」

僕は梓馬のことが好きで、梓馬も僕のことを好き。

言葉で表わすとすごく簡単な一文に終わってしまうけれど、その簡単な事実の羅列をどんなに夢見たことか。

意味もなく泣き出してしまいそうだ。なのに嬉しくて頬が緩む。どんな顔をしていいか分からず、僕は再び俯いた。

「忍」
「待って、もうちょっと時間ください」

これ以上みっともないところを見られたくない。

「待てない」

額に柔らかな感触。ちゅ、と濡れた音が耳に響く。それが何なのか認識した瞬間、体温が急上昇した。

「き、キスした…!」
「そんな慌てられると逆に恥ずかしいんだけど。てかキスって言ってもおでこじゃん」
「う…」
「う?」
「う、嬉しい、ありがとう」
「…」
「好きな人に触られるのって、こんなに幸せなんだね。知らなかった」
「…あー…」

ぐいと腕を引かれ、力いっぱい抱きしめられる。びっくりして固まってしまう僕に、梓馬は笑いながらこう言った。

「ずっと好きでいてくれてありがとう」
「う、うん」
「今までごめん。もう浮気しないから」
「…浮気っていうか、僕の勘違いだったわけで、梓馬が謝る必要は…」
「忍」

唇と唇が触れる。

それは、僕と彼の初めてのキスだった。

「…」
「…」
「あの、僕とこんなことするの、やじゃない?」
「嫌だと思ったらしてない」
「…そっか」
「…忍」
「ん?」
「もっとしてもいい?」
「えっ、え、ちょっと待って…わ、うわ、うそ、あ…っ」

――その後いろいろあって、僕が数日間寝込んだのはまた別の話。

end.




名無しさんリクエストで「浮気×心が広い一途我慢 3年間浮気を続ける攻めにとうとう我慢の限界で倒れる的な感じで。最終的にハッピーエンド」でした!
全く「浮気」ではなくなったのですがどうぞお許しください…!これが私の限界でした…浮気というか、他の人が絡んでくる話はもうちょっと練習したいです…すみません。
忍が寝込んだのはもちろんあれです。エロ的な意味でです。きっとあの後熱が上がり体中がだるくなってしまったのです。そのへんの後日談も書こうかな、と思います。

リクエストありがとうございました!楽しんでいただけますように!

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