50万打フリリク企画 | ナノ


▼ abstinence

もう限界でした。いい加減にして欲しいと思いました。堪忍袋の緒というものが切れかかっていた私は、とうとう彼に言い渡したのです。

「いいですか。これからしばらく私に触らないでください」
「えっ…そんな、僕に死ねと言うのかお前は」
「そんなことくらいで死にません。手を繋ぐくらいなら良いですよ」
「手だけじゃなくていろんなとこも繋がりたい」
「駄目です」
「馬鹿な!!!」
「貴方が私を本当に愛しているならば、簡単だと思いますが」
「僕の愛を疑うと言うのか!エベレストよりも高くマリアナ海溝よりも深い愛情をお前に注いでいるというのに!」
「ではその証明をしてください。誠意というものを見せていただかなければ納得できません」
「何故いきなりそんなことを言う」
「私のお尻と体力が限界です」
「…お前の尻は国宝だからな。それは困る」

勝手に人の尻を国宝にしないでいただきたい。

斯くして、坊ちゃんの禁欲生活がスタートしたのです。

…ここだけの話、実はあまり期待はしていませんでした。いつもの如く彼は何かと理由をつけて迫り、結局私もなし崩しに許してしまうのだと予想していました。

しかし、今回ばかりは少し様子が異なっていたのです。

「伊原、何をしているんだ」
「貴方が明日学校に来ていくシャツのアイロンがけですよ」
「そんなことよりお腹がすいた。おやつを持ってきてくれ」

我侭ばかり言うのはいつもと同じ。

「はいはい。それと、明日は冷えるみたいですからね。厚手のセーターもお出ししておきます」
「お前が温めてくれれば問題ないのに」

くだらない戯言を吐くのもいつもと同じ。ここまではまだいいのです。

「何を馬鹿なことを仰っているんですか」
「本気だよ」

後ろから耳を軽く食まれ、ぴくりと肩が跳ねます。

「さ、触らないでくださ…」
「…」

背筋を駆け抜けていくぞわぞわした感覚。上擦った声が出てしまいました。彼が気づいていないことを祈ります。

「…約束、だったな」
「そっ、そうですよ!まだ許可を出した覚えは…」
「分かってる。すまない」
「えっ」
「おやつはやっぱりいらない。昼寝をするから夕食の時間になったら起こしてくれ」

変です。これは絶対に変です。

坊ちゃんが…あの坊ちゃんが、謝罪の言葉を口にし、ちゃんと言うことを聞くなんて。



禁欲を言い渡し一ヶ月。一ヶ月です。かつてこんなことがあったでしょうか。いえありません。

坊ちゃんは相変わらず言いつけを守り、あれ以来一度だって私に触れようとはしません。

…あれは坊ちゃんの皮を被った別の人間なのでは。

今までこんなこと無かったのに。もう耐えられないとかなんとか言って、無理矢理私を丸め込むのが常だったのに。

それでいいと、思っていたのに。

隣で眠る彼の顔を眺めながら、起こさないようにそっと溜息を吐きます。

「…」

触れてほしい、なんて絶対に言えない。

もうここまできたら意地です。意地で黙り通しています。

だっておかしいじゃないですか。もうすぐ三十路にもなろうかという男が、寂しいとか抱きしめてほしいとか好きって言ってほしいとか、気持ち悪いじゃないですか。そもそも私から禁欲を言い出しておいて、やっぱり触ってなんて何様だって感じじゃないですか。

その長い指で髪を撫でられたい。その美しい瞳で見つめられたい。その薄い唇でキスしてほしい。

「…望、さん」

一体どうしたって言うんですか。もしかして呆れちゃいましたか。怒りましたか。愛想尽かしましたか。

お願いです。触ってください。もう、もう拒んだりしませんから。

「ん…っ、ん、ぁ」

彼の綺麗な寝顔を眺めながら、無意識のうちに下肢に手を伸ばしていました。

だめ。こんなことしちゃ、はしたない奴だって思われてしまう。そんなの嫌なのに。

自制しようとすればするほど快感が増幅します。声を噛み殺し音を立てないよう、細心の注意を払いながら自らを慰めました。

「ぁ、ぼっちゃ、ん…ぅ、あ」

坊ちゃんはいつも、優しく、でもとても強引にここを愛撫してくれる。真似して、触らなきゃ。

「ふ…っ、んん、んっ」

次第に荒くなっていく息と、隠し切れない水音。久しぶりの刺激のせいで、身体の震えを抑えられません。

「あ、あ、ぁっ、あぁ…」

どうしよう。触れたい。触れたい触れたい触れたい。くちゅくちゅと性器を弄り回しながら、私の視線は彼の唇に釘付けになっていました。

キスをすれば、彼が目を覚ましてしまうのは確実です。こんな恥ずかしい姿を見られるわけにはいきません。

「ぁ…、も、出ちゃ、あ…ッ」

でも、でも。

キスしたい。いつもみたいに強引に、全部全部奪われたい。

「んん…ッ、ん、んん!」

絶頂を迎えると同時に、気付けば唇を押し当てていました。

手の中にどくどくと精液が吐き出されていくのが分かります。気持ちよくてどうにかなってしまいそうです。ずっとこのまま口付けていたい、と思いました。

「はぁ…はぁ…っ、ぁ」

快感で真っ白になった視界で、ぼんやりと彼の顔を捉えます。反応がありません。

…もしかして、これは、気づかれてない…?

そうだ。坊ちゃんは一度寝ると中々起きない方でした。いつも悩まされているはずの寝起きの悪さですが、このときばかりはそのことに感謝です。

「…」

しかし、それは大きな勘違いでした。

「…」
「…」

徐々にクリアになっていく目の前。そっと唇を離した瞬間、こちらを見つめている瞳とばっちり視線が合います。

「伊原、お前…」
「!!!!!」

ですよね!気づかないはずがないですよね!

「あああああのっ、こ、これはですね、あの、ちょっと寝相が悪くてぶつかってしまったというか…!!すみません失礼いたしました!!反対側を向いて寝ますから…っ!!」

…やばい。これはやばい。言い逃れができない状況です。

「伊原」
「ご、ごめんなさい本当に、わざとじゃありませんから」
「伊原」
「おやすみなさ…っ」

バサッと一気に布団を剥がされました。

「あ」

勿論そこには、中途半端に露出した私の下半身と、精液でべとべとになった手のひらがあります。

――あぁ、終わりだ。

「や…っ、み、見ないでくださ…」
「…人が寝てる横で自慰とは、お前もいやらしくなったものだな」

顔が熱い。涙が滲む。こんな辱めを受けるくらいなら、いっそのことひと思いに誰か私を殺してください。その方がマシです。

「見ないで、坊ちゃん、見ないで、お願いです…っ」
「言っておくが」

逃げようとする私の腕を掴んで押さえつけ、坊ちゃんは平然とこう言いました。

「僕は最初から起きていたぞ」
「…え」
「お前が僕の名前を呼んだあたりから」
「本当に最初からじゃないですか!!!」

これは夢です。夢だと言ってくださいお願いです。

「だから、最初から全て見ていたと言っている」
「そ、そんなぁ」
「目だってばっちり開けていたのに、お前は気づかないでいやらしく喘ぐしキスしてくるし」
「う、うそ…!」
「嘘じゃない。もう出ちゃう…なんて聞こえたときは僕も出るかと思った。というかちょっと出た」
「変態!」
「変態はお前だろ、伊原」

ギシ、とベットが軋みます。私の身体を組み敷いた彼の綺麗な顔に、妖艶な笑顔が浮かびました。

「僕の気持ちが分かったか?」
「気持ちって…」
「触れずにはいられない。片時も離れていたくない。深いところで繋がりたくて仕方ない…だろ?」
「う…っ」

図星をさされて言葉に詰まります。堅く閉ざした唇を、彼の指がいやらしくなぞりました。

「こうでもしないと、お前は素直にならないからな」
「わ、わざとこんな…っひどい、ひどいです」

何てことでしょう。妙に聞き分けが良かったのも、私に指一本さえ触れなかったのも、全ては彼の計算だったとは。

ひどいです。恥ずかしくてたまらない。このまま消え去ってしまいたい。最初から何もかも見透かされていたなんて。

「許せ。僕だってたまには求められたい」

求めるといったって、簡単なことではありません。坊ちゃんのようにスラスラと自分の気持ちを言えたら、それこそ私は私ではないと思うのです。

「…坊ちゃんは、素直な方がお好みですか」
「僕の好みは伊原だ」
「じゃあ、じゃあ、素直な私と意地っ張りな私ならどっちを選ぶんです」

くだらないと分かっているけれど、聞かずにはいられない。

坊ちゃんは一瞬きょとんとした後、またすぐに笑いました。

「どっちも」

…答えになっていません。

「いつも言ってるだろう。僕はお前がお前なら何でもいいと。素直でも意地っ張りでも全部愛しい」
「だって、素直になってほしいってことは…いつもの私よりそっちの方が」
「伊原」

ちゅ、とおでこにキスが降ってきます。

「僕に好きと言われたら、お前は嬉しいか?」
「…はい」
「それと同じだ。素直とか意地っ張りとかどうでもいい。単に言葉の問題なんだよ」
「言葉…」
「好きな人に好きと言われたい。ただそれだけ」

どうしてそんな恥ずかしい言葉を口に出せるのでしょう。

キラキラして、あったかくて、まるで本当の王子様みたいです。

「…て、ください」
「え?」
「抱きしめてください…」

坊ちゃんは何も言わず、息もできない程強く抱きしめてくれました。触れられたところから愛しさが広がって、どうしようもなくドキドキします。

「…抱きしめるだけでいいのか?」

いいえ。

「触って、ください」
「それだけ?」

いいえ。

「キス、も…」
「違う」
「え…」
「抱いてください、だろ」

なんですかそれは。ふざけるのもいい加減にしてください。

心の中で罵倒しながら、私は震える唇で言いました。

「だ、抱いて、くださ…い」



熱い視線がじっとこちらを見つめているのが分かります。普通ならこんなことはしません。恥ずかしくて絶対に無理です。でも今日は。

「そんなんじゃいつまで経っても入らないぞ」
「わ、わかってます…っあ、ぁ…仕方、ないでしょう…、やり方なんて、知らないんですから…ッ」

寝転がっている彼の上に跨り、自らその昂りを後ろにあてがいます。しかし当然経験のない私にそんな高度な芸を披露することなんてできるはずもなく。

ぬるぬると何度も穴の縁を掠める感覚がもどかしい。ただただ息を吐くことしかできません。

「おい…伊原、焦らしプレイか」

さすがに坊ちゃんも焦れたらしく、早くしろと怒られました。早くしたいのはこっちだって同じです。

「ちが、うぅ…っ、も、なんでぇ…?」
「…お前な…」

思わず涙が零れます。情けない。気持ちいいのとじれったいので頭の中がぐちゃぐちゃです。

「ごめ、なさ、ちゃんとやりますからぁ…っ、あ、ふ…、んん」
「…後ろ手にそれを持って、ちゃんと支えろ」
「やっ…な、なに…広げないでくださ…」

お尻を強く掴まれ、左右にぐっと開かされました。戸惑う私に構わず彼は言葉を続けます。

「いいから。そのまま腰を落とせ」
「ん、ぁ…っ、は、はい…」

――あ、あ、入って、くる…っ。

「い…ッあ、ん、あぁ、や…!」

久しぶりで狭くなっている中の様子を感じ取ったのか、坊ちゃんは気遣うように何度も優しく腰を撫でてくれました。

「痛いか?」
「へ、へいきです…ッ」

…い、痛いどころか、ものすごく気持ちいい。

言えない。言えない。ずっとこうされたかったなんて。

「あぁ…ッ、あ、はぁぁ…」

これではまるで…い、い、淫乱とかいう奴ではありませんか…!

違う!断じて違う!私はそんなはしたなくは…っ。

「…全部、入ったぞ」
「ん、ん…ぜんぶ…」
「あぁ。全部だ。奥まで届いてるの、分かるか」

彼のやらしいもので、奥までいっぱいになっている。内側がぎゅうぎゅうと縋り付いているのが分かる。

あぁ、もう。どうしよう。

「…き、きもちい…」
「…」

…はっ!!!!

口に出した瞬間、我に返ります。

「ち、ちが…っ、これは…」
「…久しぶりだから、痛いだろうなと思っていたが」
「痛いです!すっごく痛いです!」
「お前、今自分がどんな顔してるか知ってるか?」
「知りませんよそんなの!!」

坊ちゃんが私の手をとり、ちゅっと音を立てて口付けました。

「嬉しい。お前の身体は、僕を受け入れるためにあるんだな」
「な…なに言って…」
「言いなさい。隠し事なんて許さない」
「…っ」

バレている。見透かされている。

そんな風に命令されたら無視できないじゃないですか。だって貴方は、私のご主人様なんですから。

全身が心臓になったみたいに脈打っていて、熱くて、どうしようもなく苦しい。

「…こ、これから先…私が、何を言っても」
「あぁ」
「離れたいとか、触らないでとか…本心じゃ、ありません…」
「あぁ。分かってる」
「私には、貴方と離れているなんて、もう無理なんです…っ」
「なら離れなければいい」

彼の腕が、私をきつく抱きしめました。ゆっくりと動きが開始されます。

「あ…っ、あ、んっ、は、い」
「いい加減分かれ。僕がお前無しでは駄目になるように、お前も僕無しでは駄目になってしまうってこと」
「んぁぁっ、はっ、い、はい、だめです…あっ、ん、私は、坊ちゃんがいないと…っ」

次第に激しくなっていく突き上げ。夢中で縋り付きながら、満たされていく感覚を味わいます。

「伊原、お前は全て僕のものだ」

はい坊ちゃん。

嬉しい。もっと。どんなに支配されようとも構わない。足りない。

そんな風に思ってしまうのだから、もう手遅れです。私も彼と同じ、堪え性のない馬鹿な犬なのでしょう。

坊ちゃん。貴方の言う通り、私の全ては貴方のために。貴方の全ては私のために。



小鳥のさえずる声。柔らかな日差し。なんとも清々しい朝。

私の心はどんよりと重く曇っていました。いやむしろ土砂降りです。

冷たい床の感触が肌に触れ、泣きたい気持ちをさらに増幅させました。

「うう…」
「何をやっているんだお前は。服くらい着たらどうなんだ」
「誰のせいでこんなことになっていると思っているんですか!」
「立てないのか」

当たり前です。明け方まで散々続けられた行為のおかげで、腰はおろか足までガクガクします。こうして床に突っ伏してしまうのも道理というものです。

「し、仕事があるのに…今日は新調したカーテンが届くのに…」
「大丈夫だ。今日一日僕がつきっきりで世話してやる」
「結構です」
「まぁまぁ、そう言うな」

坊ちゃんは笑いを噛み殺し、間抜けな格好の私を抱き上げました。

「ちょ…っ、坊ちゃん、下ろしてください!!」
「お互い禁欲は無理だと学んだからな。だからこれからは、こうしてアフターケアをしっかりしてやる。それでいいだろ?」
「…」

それは根本的な解決になっていないと思うのですが。

「いいから、お前は黙って僕に甘えろ」

相変わらず強引です。横暴です。

だけどそれでも、彼の力強い一言が。甘く囁く声が。優しく包み込んでくれる手のひらが。

その何もかもが私を幸せにするのです。

end.




そとさんリクエストで、禁欲を命じたのに自分が我慢できなくなってしまって襲ってしまう伊原でした。
望と伊原がよく一ヶ月も我慢できたな…この二人には無理なんじゃないのかなと考えつつ書きました。望はちゃんと定期的に抜いていたと思います。
少々長くなってしまいましたが、楽しんでいただけますように。

素敵なリクエストありがとうございました!


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