▼ 08
あぁもう、面倒くせぇ。はっきりしやがれ。
「……お前が」
棒立ちのままの九条の前に歩み寄り、その顔を両手で掴む。
「お前が俺にして欲しいことはなんなんだよ」
「……っ」
「ちゃんとこっち見て言え」
九条が息を呑んで俺を見つめた。決して大きいとは言えない小ぶりな瞳が不安げに揺らいでいる。
「……先生は」
「なに」
両頬を掴む俺の手を、九条の手がそっと上から包むように触れた。
「先生は、俺のこと、好き……?」
「……」
――……馬鹿が。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ふぐっ」
無理矢理後頭部を掴んで自らの胸に押し付ける。勢い余って鼻の頭をぶつけたのか、九条が苦しそうな悲鳴を漏らした。
「お、おい、俺の話、聞いて」
「聞いてる」
「……じゃあなんで何も言ってくんないんだよ」
やっぱり先生は俺のことなんか好きじゃないんだ、と胸の中でぐずる声が聞こえる。またこいつはすぐ泣いて、プライドってもんがないのかよ。男のくせにそんなしょっちゅう泣くんじゃねぇ。
「うひぁっ!?」
ぺろりと目元に舌を這わせると、涙の味が口の中に広がった。そのまま位置を下げ唇を塞ぐ。
「んん……っ」
離しては触れ、触れては離す、戯れみたいな口付け。
「ん、ぁ……、ん、んっ」
何度も繰り返し唇を食む俺に、九条は必死にしがみ付いてきた。渇いた唇が互いの唾液で少しずつ湿っていく。
「んん、ん、せん、んむ」
掴まれた部分のシャツの皺は、不思議ともう気にならなかった。それがどういうことを意味するのか、もう俺は知っている。
「せ、んせぇ……」
口を離すと、九条の瞳は先程よりももっと潤んでしまっていた。折角舐めとってやったのに。
「……わかった?」
今にも零れ落ちそうな涙を指で拭いながら、俺は尋ねる。
「え……?」
「わかっただろ。今ので」
「……」
九条は再び俺の胸に顔を埋め、額を押し付けてきた。
「わ、わかんないぃ……」
まるで幼児だ。叱られて泣いた後の。癇癪のような。
「はぁー……」
深々と溜息を吐くと、腕の中の身体がぴくりと跳ねる。怒られるとでも勘違いしたのだろう。
「お前はどうなわけ?」
「……」
ああしてとかこうしてとか、俺に求めてばっかりじゃねぇか。
「不公平だろ。なんで俺だけ言ってやらなきゃなんないんだよ」
「……俺はいつも言ってる……」
「いいから言えっつってんの」
九条が恐る恐る顔を上げて俺を見た。
一度唇を噛み締めると、泣き出しそうな声のまま言う。
「好き」
俺は知ってる、と言った。
そう。知っている。嫌という程実感している。
「先生が好き」
「そうかよ」
「大好き」
「ふーん」
「俺はこんっっなに好きなのに、なんで言ってくんねぇの」
「こんなにってどれくらいだよ」
「そんなの俺にだってわかるかよ!」
「俺だってわかんねーよ」
「はぁ!?」
「お前のこと、いつの間に好きになってたんだろうな」
「……え?」
九条がぽかんと大口を開けた。間抜け面だ。
「その面なんだよ。どうにかしろよ」
俺は笑った。悔しいので盛大に笑ってやった。
「えっ、えっ……えっ!?」
うそ、とか、まじで、とかぶつぶつ呟く声が聞こえる。言えって迫ってきたのはそっちのくせに、まさか本当に言うとは予想もしていなかったのか。やはりこいつはバカだ。
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