▼ 07
「……?」
面倒事が一気に二倍になってしまったことにげんなりしている俺を、九条が見上げてくる。
俺の手によって口が塞がれているので言いたいことはわからないが、大方「なんで司と中津川先生が手を握り合ってるんだ?」とでも思っているのだろう。呑気なものだ。誰のせいだと。
そもそもお前がこの女をここに連れてこなければこんなことにはならなかったのに。
と、そこまで考えてふと気が付いた。
「……お前、なんか俺に用があって来たんじゃないのか」
二人に聞こえないようにぼそりと小声で尋ねると、九条は小さく肩を跳ねさせ頬を赤らめる。なに意識してんだこいつ。
「なに」
そっと手のひらの力を緩め、喋れるように隙間をつくってやった。
「……な、仲直り」
一呼吸置いた後、九条が口を開く。
「は?」
「先生と喧嘩したって中津川先生に言ったら、仲直りしに行こうって、連れてきてくれた」
「……」
――だから、喧嘩じゃなくてお前が勝手に怒って拗ねてただけだろうが。
何が仲直りだ。ガキくせぇ。小学生か。
「はー……」
「いてっ」
べしんとその顔を叩く。
「お前な、そういうのは他の奴にほいほい言うんじゃねぇよ」
「え?」
「俺のことは俺に言え」
「……でも言ったって先生は聞いてくんないじゃん」
「聞いても聞かなくても、だ」
不満そうな様子の九条の肩を掴み、市之宮と中津川の方へと向かせた。
「言え」
「言えって……何を?」
「俺と仲直りしたいんだろ」
「……したい」
「ならあいつらに言ってやれよ。先生と二人きりで話がしたいから出てけって」
「でも」
「俺の言うことが聞けねぇってのか?」
「ひっ、わ、わかったから!!言います!!」
「ほら」
ぽん、とその背中を今度は軽く押すように叩いてやる。
「あー……えっと、司、中津川先生」
九条の声に、二人はすぐさまこちらを見た。正直なところその反応速度に少し引いたが、まぁそれは今どうでもいい。こいつらどんだけ九条のことが好きなんだよ。
「今から先生とちゃんと仲直りするから……その、申し訳ないけど、二人で話したいっつうか……あっ、別に二人が邪魔とかじゃねぇから!!」
いや邪魔だろ。何気遣ってんだ。超邪魔だろ。
「徹平……」
「九条くん……」
市之宮と中津川は一瞬残念そうな顔をして、それから互いにちらりと目くばせし合う。そして。
「……わかった」
「他ならぬ九条くんからの頼みですものね……」
さすがの二人もこう言われてしまっては食い下がることはできなかったようだ。九条がほっと胸を撫で下ろすのがわかった。
「九条くん、この男に何かされたらこの防犯ブザーを鳴らすんですよ」
「え」
「徹平。ここは学校だからね。いかがわしいことしちゃ駄目だから」
「い、いかがわしい……?」
「余計なことは言わんでいいからさっさと行け。蹴りだされたいか?」
名残惜しそうに九条に声をかける市之宮と中津川を睨んでやると、二人は渋々といった体を隠そうともせずにのろのろと資料室から出て行く。迷惑な奴らだ。できれば早急に滅びてほしい。
あの二人が手を組んだところでどうにかなることでもないが、やっかいな事態になってしまったことには変わりがない。だがひとまずそのやっかいな事態を考えるのはやめておく。一旦放置だ。
「……で」
ようやく静かになった。これでやっとまともに話ができる。
奴らの出て行ったドアにしっかりと鍵をかけながら、後ろを振り返った。
「仲直りって、具体的にどうやろうってんだよ」
「どうって……」
九条は困ったように眉を下げた。
「我侭言ってごめんなさいって頭下げるわけ?」
「……」
「お前は自分が謝らなきゃいけないことしたと思ってんの?」
ふるふると九条は首を横に振る。俺はちゃんと言葉に出せ、と言った。それでも九条はなかなか口を割らない。
prev / next