▼ 04
反論しようか否か口を開きかけたそのとき、資料室のドアがノックされた。
一回、二回、一回、と三つに分けた計四回の合図。これを知っている人物は、俺を除いてはただ一人だけだ。
市之宮が首を傾げる。
「徹平ですか?」
「多分な」
なんだ。あんなに怒って拗ねていたくせに、自分から俺のところへやってくるとは。てっきりしばらくはあのまま顔を見せないでいると思ったが。
「開けるけど大丈夫か」
「俺は構いませんよ」
どちらかといえば徹平に会って困るのは先生の方じゃないんですか、という市之宮の声には返事をせず、ドアを開く。
だが、そこにいたのは。
「……中津川」
前に立つ人物を見た瞬間、俺は即座に再び扉を閉めにかかった。しかし向こうの方が一足早く、ドアの隙間に靴を差し込んでくる。
「随分不用心じゃありませんか、藤城先生」
「なんでお前がそのノックの仕方を知ってるんだよ」
「そんなの一度聞けば覚えられます」
「いつの間に聞い……、いや、そうか。あのときか」
以前、中津川の頼みを受けて九条をこの資料室へと呼び出したときだ。確かにあのとき、この女は九条が合図のノックをするのをその耳で聞いていた。
たった一度聞いただけのものをしっかりと脳に記憶させているとは、恐ろしいというか最早気味の悪ささえ覚える。
「中津川先生?」
ドアの前で攻防していると、市之宮が後ろから顔を出した。中津川がそれを見て悲鳴のような声をあげる。
「ちょっと貴方!九条くんだけでは飽き足らず、市之宮くんまで……!?」
「殺すぞ」
「こんな人気の無い場所に連れ込んで、二人きりで一体何を」
「その口利けなくされたいのか?」
「まぁ!!乱暴な!!」
こいつ本当にうるさい。
「あーもういい。いいから入れ」
このまま騒がれると困るので、部屋の中に引き入れるため仕方なくドアを開いた。
「最初から素直に入れてくださればいいんですよ」
ねぇ九条くん、と中津川は自らの背中に向かって声をかける。そこで初めて、不機嫌そうな、でもそれでいてどこか気まずそうな顔をした九条が姿を覗かせた。
「……なんで中津川と一緒にいるんだ」
「別に、俺の勝手だし」
九条は俺の方を決して見ようとしない。中津川の後ろに隠れたままだ。
「……センセーだってまた司と一緒にいるじゃん」
「俺と市之宮がいつも一緒にいるみたいな言い方はやめろ」
「いつも一緒だろ」
市之宮が背後で苦笑いするのが聞こえた。
そうだ。九条は勘違いしたままなのだ。市之宮が俺のことを好きだなんていう嘘を。
市之宮が好きなのは俺じゃなくてお前だ、というのはもちろん俺の口から言えることではない。
こうして市之宮がわざわざ俺のところに来ているのも、お前を心配してのことだというのに。俺が言えた義理ではないが、市之宮もとことん報われない奴である。
「ど、どうせまた、この間の体育倉庫のときみたいに、俺に隠れて二人で」
九条の声が震えている。何度も聞いているせいかすぐにわかった。これは泣く寸前の声だ。それを聞いた中津川が俺を睨む。
「藤城先生!謝ってください!」
お前は黙ってろ電波。
「……先生のことわかんねぇよ」
「わかんねぇって、何が」
「先生と付き合ってんのは俺なのに」
俺は片手で額を押さえる。
「……このクソバカ……」
「へ?」
何故それを中津川の前で言ってしまうんだ。
「付き合ってる……?」
案の定、中津川は呆然とした顔で俺と九条を何度も何度も見比べた。その反応を見て、九条もようやく自分の失言に気が付いたようだった。
「あっ、その、中津川先生、今のは……」
慌ててフォローをしようとしていたが、時すでに遅しである。
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