神様これは試練ですか | ナノ


▼ 月曜日のヒロイン

おかしい。絶対におかしい。最近のひかるは変だ。

「ごめんそうちゃん。俺先に寝るね」
「え、もう?」

まず、さっさと先に寝てしまうことが増えた。

「ちょっと今日夜出掛けてくるね。朝には戻ってくるから」
「……わかった」

バイトのシフトが入っていない夜に一人で出かけることがある。というか帰りが朝って。どんな用事だ。

「……遅い」

ひかるが夜出かけている時間に連絡を入れても、返事はめったに来ない。

諦めて眠りについて、翌朝すやすやと呑気に寝息を立てているひかるの姿を見る度、なんともいえないもやもやとした気持ちが胸に湧き上がってくるだけだ。

「──それだけ?」

俺の話を聞いた八名川が興味なさそうに一言そう言った。

「変だろ」
「いや、忙しいなら普通でしょ」
「普通じゃない。今までと全然違う」
「今まで溺愛されすぎてマヒしてんじゃないの。言っとくけど、ほっぽって先に寝られるとか返信遅いとか一人でどこでも行っちゃうのとか普通だから。贅沢言うなよ」
「贅沢……」

そうなんだろうか。俺が今まで普通だと思っていたことは、普通じゃないんだろうか。

八名川の言うようにそれが「贅沢」なんだとしたら、俺はひかるの気持ちに胡坐をかいていたということなんだろうか。

「っていうか、同棲しといてあれが毎日だったらうざくない?」
「あれ?」
「聡太郎大好き好き好きかわいいねってべたべたするやつ。高校のときみたいな」
「……」

確かに。

でも、されなくなったらされなくなったでなんとなく落ち着かないというか、気になるというか。

なんで、って聞きたくなる。

俺のこともう前より好きじゃなくなった?とか。そんなとち狂ったことは口が裂けても聞けないが。

「まぁ、俺は鳴瀬に好きだよかわいいなってべたべたされたら死ぬけどね」
「死ぬのか……」
「死ぬよ。あと泣く」
「泣くのと死ぬのはどっちが先なんだ」
「泣きながら死ぬ」

八名川は相変わらず鳴瀬馬鹿だ。



そして、事件(?)は起こった。

ゼミの飲み会だと言って出掛けたひかるが、酔っぱらって帰ってきた。

「……ひかる」

鼻につくような香水の匂い。それだけならまだいい。

「んー?なぁに?」

お酒のせいかほんのりと紅くなったひかるの首に、濃い赤を見つけた。

「聡太郎?」

いくら疎い俺でもわかる。だってそれは、何度も何度もこいつにつけられたことのあるものだから。

──キスマーク、だろ。それ。

なんでゼミの飲み会でそんなものがつくんだよ。俺に嘘吐いてたってこと?本当は、誰か別の人と飲みに行ってたってこと?

今の俺には、面と向かって尋ねる余裕はない。

「もしもし」
「え?」
「今からそっち行っていいか」
「そーちゃん!!誰!?誰と話してんの!?」
「うん。うん。ごめん。わかった」

立ち上がって荷物をまとめ出す俺に、ひかるが「なんで?」とでも言いたげな表情を向けた。

「ちょっ、聡太郎」
「触るな」

なんでって、こっちの台詞だ馬鹿野郎。

「今俺は、他の奴のものにされたお前となんかいたくない」
「他の奴のものって……」
「首。見てみたら」
「え」
「しばらく帰らないから」
「聡太郎!」

──ほら、やっぱりそうだ。おかしいって言ったじゃないか。

「まだそうと決まったわけじゃないんだから、そんなに泣かなくてもいいんじゃない?」
「ごめ……っ、でも、止まんな……」

家を飛び出した俺が向かったのは、同じく近くにアパートを借りて一人暮らしをしている八名川のところだった。

「鳴瀬鳴瀬、ティッシュとって」
「ああ」

八名川のアパートには鳴瀬もいた。折角の週末、二人で過ごすつもりだったところを邪魔して申し訳ないとは思いつつも、二人が揃っているのはなんとなくほっとした。一人でいたくなかった。

「ほら、鼻かんで。涙も拭いて」
「う……っ」

ぐいぐいと顔に押し付けられたティッシュで涙を拭うと、潤んでぼやけていた視界がクリアになる。

「で、守山の首にキスマークがついてたって?」
「……」
「ふざけてつけられたんじゃないの?何かほら、守山の友達とかそういう奴いそう。パリピみたいな」
「……ひかるはパリピじゃない……」
「あぁそう」

ずずっと鼻を啜る。鳴瀬がティッシュの箱を脇に置いてくれた。

「俺だって、普段のひかるなら信じられた」

八名川の言うように、友達同士でふざけて、とか。飲みの席で盛り上がって、とか。

でも、最近のあいつを見ていたら、どうにもその自信がなくなってしまったのだ。

「……もし、守山が本当に浮気してたとして」
「……うん?」
「村上はどうしたいの?」
「俺、は」

俺は。

「何で俺が駄目だったのか聞いて、全部直して、もう一回好きになってもらえるようにしたい」
「え?別れないんだ?」
「絶対いやだ。別れない。別れたくな……っ」

ひかると別れる。その言葉を口にするだけで悲しくて、またぽろぽろと涙が零れてきた。

「……」
「……」
「……あのさぁ、村上」
「……言うな八名川」
「だって」
「これ以上は俺たちが口を出すことじゃない」
「そうだけど……」
「それよりも、だ。今すべきことは」
「うーん……」

ぱん、と八名川が両手を叩く。

「よしわかった。奪い返そう」
「え」
「とりあえず今日と明日はうちに泊まろうか、村上」
「でも、鳴瀬が」
「俺のことは気にするな。今日のところは帰るから」

八名川は立ち上がろうとする鳴瀬の服を引いた。

「いや、鳴瀬も泊まるんだよ。何言ってんの」
「客用布団は一つしかないだろ」
「俺と一緒にベッドで寝ればいいじゃん。いつも寝てるんだし」
「……変なことはしないぞ」
「変なことって。セックスって言えばいいのにぃ。鳴瀬の照れ屋さん」

あっけらかんと言ってのける八名川に、別に俺は気にしないけどと言うと、鳴瀬が「村上が気にしなくても俺が気にする」と苦虫を噛み潰したような顔をした。



「うん!かわいい!」
「……ほ、ほんとにこれで行くのか?」
「何泣きそうな顔してんの。俺がかわいいって言ってあげてるんだよ?信用できないの?」

八名川は満足そうな顔で頷いている。ちょっと上からなのが腹立たしいが、散々迷惑をかけてしまっている手前、文句は言えない。

「テーマは休日横浜デート、ね」
「なんで女子の格好なんか……」

膝上で心許無く揺れるスカート。タイツを履いているとはいえ、とんでもなく寒い。短すぎないか、これ。

「だって、守山が浮気するとしたら女の子でしょ?だから村上は泣いたんじゃないの。俺は男だからって」
「……うん」

図星だ。

そうじゃなきゃ、こんな不安な気持ちになるわけがない。

「だったら同じ土俵で勝負して勝った方が気持ちいいじゃん」

──確か、以前にもこんなことがあった。

思い返して、頭に浮かんだのはひかるとのデートの日のことだった。

テストで全教科平均点以上とったら何でも一つ言うことを聞く、という約束をしてしまったばかりに、女子生徒の制服を着させられた日のことだ。

そのときと今じゃ、状況も心の持ちようも全く違うけれど。

「ほらほら行っといで。別に守山の大学来るの初めてじゃないんだから、迷う心配もないよね」
「……」
「大丈夫。今の村上なら、守山なんてイチコロだよ」

よしよし、と頭を撫でてくる手を払い除け、そのまま力を込めて掴む。

「ありがとう、八名川。がんばる」

八名川はしばらくきょとんとした後、「ともだちだからね」と言って笑った。

そうして、いざ意気込んで構内に潜入してみたのはいいものの。

つい人目が気になってしまい、俯きがちに歩いてしまう。それで何度か人にぶつかりそうになった。

「……ここだ」

ひかるのいる、経済学部の学部棟の前。

恐る恐る足を進めると、真っ先に飛び込んできたのは見慣れたオレンジ色の頭だった。

「……だから、ごめん」

なんだか真剣な会話をしているようだ。名前を呼ぼうとした口を慌てて閉じて、陰から様子を窺う。

「ごめん。本当にごめん」

ひかるが話しかけている相手はよく見えなかったが、時折聞こえる相槌で女の子だということとだけはわかった。

「二か月って約束だったんだけど」

二か月。そう。ひかるの様子がおかしいのは、ここ二か月だった。

「ごめん。こんな状況だし、これ以上不安にさせたくないんだ」

──もしかして、俺のこと?

少し身を乗り出してみると、今度は相手の声もクリアに聞こえるようになった。

「どうしても駄目?」
「うん。他になんでもするから」

──バカ。バカひかる。なんでもするって、どういうことだよ。

気付けば俺は、その場から駆け出していた。

「うぐっ」
「……」
「え、ちょっ、誰!?」

どん、と勢いよく背中から抱き着くと、ひかるは随分と狼狽えた声を出して振り返る。

「……そーちゃん……?」

なんですぐわかるんだよ。バカ。バカひかる。

「来い」
「うわっ」

腕を掴んで無理矢理引っ張った。

「え?まじでそーちゃん?夢じゃなくて!?な、なんでそんな恰好……」

ごちゃごちゃとうるさいひかるの言葉を無視して歩き出す。そして後ろを振り返り、呆然と立つその女の子に言った。

「……こいつは」

こいつは。

「わ、私のなので、諦めてください」
「!!」

彼女の顔がはっと息を呑むようなものに変わる。もしかして俺が男だってバレたか、それとも別の理由で驚いたのか、今はもう、どうでもいい。

「行くぞ、バカ」
「は、はい」

くそ。このパンプスってやつはどうにも歩きにくい。靴擦れした踵が痛い。だけど一刻も早くここから立ち去りたい俺は、ひかるの腕をぐんぐん引いて歩いて行く。

「あの、聡太郎」
「……たい」
「え?」
「二人になりたい」
「……」

今度はひかるが手を引いて歩き出した。棟内に入り、いくらか階段を上る。

辿り着いたのは、教室とも呼べない小さな部屋だった。パソコンとプリンターがあるところを見ると、研究生の作業部屋のような場所なのだろう。

「ここ、今日は俺が鍵を持ってるから」

言いながら、ひかるは俺の身体を抱きしめる。

「ごめん」
「……」
「全部気づいてたんだよね」
「……」
「俺が聡太郎に黙ってキャバクラでバイトしてたこと」
「……は?」

は?

「キャ、キャバクラ……?」
「え?気付いてたんじゃないの?」
「いや、俺は……お前が浮気してるんじゃないかって思って……」
「浮気!?そんなのするわけないじゃん!!なんで!?」

なんでって、それは。

「最近ずっと寝てるし、夜出掛けて朝戻ってくるし、連絡しても返事くれないし」
「うっ」
「あと、香水の匂いがキツイし、首のそれ、キスマークじゃ」
「えっ!?」

ひかるが自らの首を手のひらで押さえる。

「うわー……皆で飲んだときかな……たぶんふざけて付けられたと思うんだけど、全く覚えてない……でも誓って浮気とかじゃないからね!!」
「皆って」
「金曜の夜。バイト先の人と」
「ゼミの飲み会だって言った」
「ごめんなさい。余計な心配させたくなくて嘘つきました」
「……そもそもなんでキャバクラでバイトしてたんだ」
「さっきの子、同じゼミの友達なんだけど、どうしてもって頼まれたんだ。その子がバイトしてる店で、ボーイが足りなくて困ってるって。時給は高くするから、とりあえず二か月だけ働いてみない?って」
「お前、バイトなら既に居酒屋でやってるだろ。そっちじゃ足りなかったのか」
「足りないっていうか、うん。まぁ、そうだね」

歯切れの悪い返事に段々と苛々してくる。

「だからつまりどういうことなのか、はっきり言え」

ひかるの顔を睨み付けながら問いただす。

「そ、聡太郎と旅行行きたいなーって、その資金にしようと思ってて」
「旅行?」
「俺たちまだそういうのしたことなかったでしょ?だから」
「……この……っバカ!!」
「ごめんなさい!!」
「そういうのはまず俺に相談してからだろ!!勝手に一人で決めるな!!」
「痛っ」

べちんと鈍い音がする。俺がひかるの頬を叩いた音だ。もちろん手加減はして。

「バカ、お前、ほんとバカ……っ」
「ごめんね、聡太郎。本当にごめん。仲直りしたい」
「……」
「嫌?」

嫌なわけない。俺だって仲直りしたい。

「……今じゃないと嫌だ」

今すぐ触れたい。触って、確かめたい。

「今じゃないと許さない」
「でも、ここ学校」
「うるさい!人がどれだけ悩んだと……っ」
「聡太郎……」

泣きそうな顔で上を向くと、ひかるは俺を強く抱き寄せてキスしてくれた。

「ん、んん……」

聡太郎、と何度も名前を呼ばれ、唇を食まれる。久しぶりの触れ合いに、早くも頭の中がぼうっと熱を持ったようになった。

「ごめんね、本当にごめん」
「ん、ぁ……っ」

するりとスカートの裾から手が入ってきて、タイツ越しに肌を撫でられる。

「……俺のために、こんなかわいい格好してくれたの……?」

かわいい、と耳元で何度も囁く声がして、腰が抜けそうになってしまう。

「ちが……っ、これは、俺の、自分のため」

──本当はずっと、ひかるに「かわいい」と言ってもらうのが好きだった。

嬉しくないなんて口では言いつつ、その言葉を向けられる度に幸せな気持ちになった。

「かわいいって、言ってもらいたか……っんん!」

乱暴に口を塞がれて、熱い舌で口内をめちゃくちゃにされる。ちゅぷちゅぷと舌の絡まる音が室内に響いて、外に聞こえてはしないか不安になるほどだ。

「ねぇ、これ、破いていい?」

丁度お尻の穴のあるあたりを指で強く押しながら、ひかるが息荒く尋ねてくる。

「だ、だめ……っ、替え持ってない、から……」
「でももうどうせ汚れてるから履けないでしょ?」
「あっ、あ、やぁ……!」

ぐに、と勃ちかけた股間を手のひらで刺激され、口から息が漏れた。

「ほら、湿ってる」
「バカ、言う、なぁっ、あ、や、ちが、ぁっん」
「破るよ」

ちょっと待て。本当に駄目だ。そう言おうとする唇をまたひかるの口が塞ぐ。

「ん゛──ッ、んんっ、んぅ」

ぴり、とタイツの破れていく音がして、生身の肌が外気に晒される感覚がした。この馬鹿、本気で破りやがった。

「んあっ、あ、ふ……ッ、んっ、んん!」

破れたタイツの隙間から、濡れた下着を握りこまれる。びりびりした快感に腰が震えた。

「聡太郎……」

ほとんど吐息のような声で名前を呼ばれ、びくりと全身が強張る。胸の奥が苦しくて仕方なくなって、目の前の身体にきつくしがみついた。

「ひかる……っひかる、好き、大好き」
「俺も好き。聡太郎のことが大好きだよ」
「こんなこと、もう絶対いやだ」
「うん。ごめんなさい」

ひかるの手が下着の中に入って来て、孔の縁をなぞる。

「……ここ使っていい?」
「い、い……っ、いい、から、はやく」

しばらく確かめるように入口を押した後、つぷりと指の先が挿入された。

「……ッ、は、ぁ、あ……っ、ぁ……」
「ちゃんと掴まっててね」

言われた通り、ひかるのシャツにきつく縋り付く。長い指がゆっくりと丁寧に中を撫で、俺の気持ちのいい場所を優しく擦ってくれる。

「ん……っ、んぁ、あっ、あっ、うう、はぁ、あッ」

外に聞こえないよう必死で声を押し殺そうとするが、気持ち良くてそれもままならない。胸に顔を押し付け小刻みに呼吸を吐いた。

「声聞かせて。聞きたい」
「や……っだ、だめ、が、っこう、で、こんな」
「俺しかいないよ」

それでも、だ。こんな場所でこんなことをして、バレて困るのは俺じゃなくてひかるだろ。

「ほんとに我慢するの?」
「うわぁっ!?」

突然抱きかかえられ、机の上に押し倒された。

「あ……っ」

タイツはぐちゃぐちゃだわ、スカートはずり上がってるわ、あられもない自分の下半身が視界に飛び込んでくる。慌てて手で裾を押さえようとしたが、その手をひかるの手が阻んだ。

「だめ。今から入れるんだから、そのままにしてて」
「や、やだっ、離せ」
「お願い。入れたい」

ひかるはぐいぐいと腰を押し付けてくる。ズボン越しでもわかる硬い感触に、先程まで弄られていた中が反応した。今、これを中に入れられたらどんなに気持ちいいだろう。

「ま、待って、これ……脱ぐ」
「タイツ?そのままでいいのに」

中々に変態じみたことを言うひかるを無視して、びりびりに破かれてしまったタイツを脚から抜き取る。

「パンツも」

剥き出しになった脚に手を滑らせ、ひかるの手が下着を引っ張った。恥ずかしいことこの上ないが、脱がせやすいように腰を浮かせ、そのまま脱がしてもらう。

「……あんまり見るな」
「かわいいから見たい」

かちゃかちゃとベルトを外す音がした。ひかるが俺の脚の間に体を滑りこませ、先端をあてがう。

「……入れていい?」
「ん……」

小さく頷くと、次の瞬間に思いっきり奥まで挿入された。

「んあぁ……〜〜〜〜ッ!!」

ごりごりと中を押し潰すように刺激され、俺はその場でびくびくとのたうった。ペニスからどろりと新たな液が溢れ出たのがわかる。

「き……っつ……」

指で慣らしたとはいえ、十分に濡れていないそこは、ぎゅうぎゅうにひかるのものを締め付けてしまっているらしい。眉間に皺を寄せたひかるが、腰を引いて自身を握りこんだ。

「一回、出す、ね……っ」

ぐちゅ、ぐちゅ、とひかるが自分のペニスを扱く音がする。

「んっ……」

──こ、これは、セックスなのか、それとも自慰、なのか……?

時折目を閉じて息を吐く姿がかわいくて、俺は暫しじっとそれをみつめた。

「出る、はぁっ、聡太郎、出る……っ」
「ん……出して」

脚を腰に絡ませてぐっと引き寄せると、ひかるの身体が二、三度びくんと跳ねた。直後にじわじわと中が濡れていくのがわかる。

「そうたろ……んん」

息をはずませているひかるに抱き着いてキスをした。自分から舌を絡ませ夢中になっていると、ひかるがそっと俺の身体を引き離す。

「ま……待って、そんなことされたらやばいから……」
「だって、したい……」

ふぐう、と悲鳴のような息のような不思議な声があがった。

「もう……駄目だって。そんなに煽らないで。学校だよ」
「学校でもいいって言ったくせに。声聞かせてって」
「うん。聞きたい。聡太郎の声を聞きながら、死ぬほどセックスしたいよ」
「……して」

ひかるの手が俺の腰を掴む。中の精液を馴染ませるように小刻みに掻き混ぜられ、気持ちい声が止まらない。

「あ……っ、あっ、ぁ……っ、あっ……」

ぐちゅ、ぐちゅ、と抜き差しの度に音がする。それから肌のぶつかる鈍い音も。

「聡太郎……かわいい、大好き」

ひかるのその言葉に、俺の目からはとうとう涙が零れ落ちてしまった。

「ん……っう、う、うぅ……」

良かった。浮気じゃなくて。ひかるが俺のことを好きなままで、本当に良かった。

ぐすぐすと泣く俺に、ひかるもまた泣きそうな顔をする。

「ごめんね。俺、今幸せ」
「な、んで」
「聡太郎は泣いちゃうほど俺のこと好きなんだって。やばい。めちゃくちゃ嬉しい」
「〜〜〜〜っ」

そんなの、今までだってずっとそうだっただろ。

「む、ムカつく……っ、おまえ、ムカつく……ッ」
「うん。ごめん」
「きらいだ、お前なんか、きら……っ、んむっ」

ぐいと顔を掴まれキスされる。

「んっ、んん、ん……っ、ふ、ぁ」

絡めとるみたいな口付けと、激しい突き上げ。こんなのずるい。何も考えられなくなってしまう。

「……きらい?」

頭がくらくらして逆上せたみたいになっている俺に、ひかるは迷子になった子どもみたいな顔でそう尋ねてきた。

――バカ。だからきらいだって言ったんだ。

好きで、好きで、好きすぎて、自分が自分じゃなくなる。

お前がいないと何もできない。片時も離れていたくない。そういう気持ちにさせる人。

「つぎ、やったら、ぜったい許さない……っ」
「うん」
「俺は、っひかるが、ずっと……ッ、あ、あ……!!」

太い切っ先が何度も出し入れされて、その度に中が解けていくのがわかる。こんな場所が気持ちいいなんて普通じゃないのに、ちゅうちゅうと搾り取るみたいに内側がひかるのそれに吸い付いた。

「……っずっと、なに……?」

はぁ、はぁ、とひかるの唇が熱い息を漏らす。俺はもう喋ることすらできず、腰を送り込まれる度にとろけた声をあげた。

「ねぇ、聡太郎、ってば……」
「んぁあっ、あ、はっ、ぁ、あっ、あっ」

激しいピストンがゆっくりと焦らすようなものに変わる。汗で濡れた手のひらが剥き出しになった太腿を撫でた。

「えっろ……」

呟かれた一言に、俺はひかるを見上げてこう尋ねる。

「……こ、こういうの、好き……?」
「え?」
「こういう、格好とか……」
「いや、好きっていうか、聡太郎がしてるっていうのが」
「ひ、ひかるが好きなら、なんでもする……っ」

なんでも。本当になんでも。それで俺を見てくれるなら。

「やばい……」
「なに、が」

ごめんね、とひかるが言った。

「あ゛ぁ………〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

直後に奥の奥まで一気に挿し込まれ、強制的に絶頂を迎えさせられる。

「あ……っ、ぁ……っ、あ、あっ、ぁ……っ」
「自分がひどいことしてるっていう自覚はあるんだけど」

意識が飛びそうなくらいの快感。ひくひくと腰を痙攣させながら射精する俺に、ひかるは掠れた声で囁いた。

「聡太郎が俺に縋って泣いて、俺の好きにしてって言うの、嬉しすぎてたまんない……」

――俺も。

「俺も、うれしい……」

自分のものじゃなくていい。

「聡太郎、好き、大好き」
「んっ、あ、あ……っ、あっ、あっ、う、もっと、もっと言って」
「大好きだよ」

俺の全部、ひかるのものに作り変えてほしい。

ひかるがもっと俺を好きになってくれるなら、それが一番うれしい。



「「この度は多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした……」」

向かいの席に座る鳴瀬と八名川に二人揃って頭を下げる。

「いや、俺たちは別に何もしてない」
「ヨリ戻したんだ。良かったね」
「別れてないから。ヨリ戻したとかじゃないから」

八名川の発言にひかるが間髪入れずに訂正を入れた。

「いやぁ、すごかったよ村上ってば。俺と鳴瀬の前でわぁわぁ泣きじゃくって」
「ほ……ほんと?」
「ほんとほんと」

ひかるがちょっと嬉しそうな顔で俺を見る。

「もし守山が浮気してたとして、村上はどうしたいのって聞いたら、なんて答えが返ってきたと思う?」
「……その話はもういいだろ」
「え……聞きたい」

聞かなくていい。

だが八名川は無慈悲にもキラキラした笑顔のまま話を続けた。

「もう一度好きになってもらえるように悪いところは全部直す、だって」
「……聡太郎がそう言ったの?」
「言ったよ。別れたくないってぽろぽろ涙零すもんだから、俺も鳴瀬ももう何も言えなくなっちゃって。ね、鳴瀬」
「ああ」

鳴瀬まで。

「愛、だね」
「……」

俺はいたたまれなくなって、無言で網の上のお肉を何度もひっくり返した。今日は俺とひかるの奢りで焼肉食べ放題だ。

「う……っ」

ぐすぐすと隣で鼻を啜る音がして顔を上げると、ひかるが半泣きで俺を見ていた。いや、半泣きではない。本気で泣いていた。

「な、お前、泣いて」
「ごべんねぇ、そうちゃん、俺……っ」
「もういいって言っただろ。っていうか鼻水出てる。ほら」

慌てて持っていたティッシュをひかるの顔に押し付ける。それを見て八名川が笑い、鳴瀬にべったりとくっついた。

「やっぱそうしてるのが二人って感じ。俺たちもいちゃつこうか」
「やめろ。俺は肉を食う」
「えー、俺より肉?あっ、そういえばさ、俺の見立てた村上どうだった?可愛かったでしょ?」

ひかるが鼻声で即答する。

「す……………………っごかった。可愛すぎて世界滅ぶかと思った」
「大袈裟な……」

そういうことをさらっと言うな。恥ずかしいから。

「大袈裟じゃないよ!聡太郎、あのときの自分の恰好ちゃんと鏡で見た!?あんなん世界中が恋するよ」
「しない」
「する!こいつは私のなので諦めてくださいって言ったときの聡太郎、かっこよすぎて惚れ直したもん」
「その話はやめろ」

だって、てっきり相手の子に言い寄られてるんだと思ったんだ。とられたくない。その一心で先走った真似をしてしまった。それもこれも全て、俺に隠し事なんぞしていたひかるのせいだ。

「ありがと。大好きだよ」
「……」

そんな顔したって、今回ばかりは絆されてなんかやらないんだからな。

にこにこと満面の笑みを浮かべるひかるに、俺は冷ややかな視線を向けた。

「八名川、今日もそっち泊まっていいか」
「うん。いいよ」
「えっ、なんで!?だめだよ!!ちゃんと帰って来て!!」

end.




怜さんリクエストで、「様シリーズのカップルどちらかで片方が浮気(勘違い)をして片方が怒る」でした。今回は聡太郎に泣いてもらいましたが、折角様シリーズでリクをいただいていたので、鳴瀬と八名川も登場させてみました。あと初めての大学生編です。聡太郎が女装して「こいつは私のなので」っていうシーンはずっと書きたかったので、書けて良かったです。
大変遅くなりまして申し訳ないです。素敵なリクエストをありがとうございました!楽しんでいただけますように!


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