神様これは試練ですか | ナノ


▼ きらきら光る

最近、新しい友人ができた。

「でさ、昨日のそのクイズ番組の話なんだけど…」

遠くから見てもすぐにわかるほどのオレンジ色の頭に、髪の隙間から覗く数個のピアス。ちゃらちゃらした男だ、と思う。正直言って苦手なタイプだ。

だけど、本当は優しい人…なんだよな。

初めて彼と出会ったときのことを思い出す。痴漢にあった俺を、ひかるは機転を利かせて電車から連れ出してくれた。

そのうえ、一人でいるよりも二人の方が被害に遭う可能性は少なくなるだろうと、できるだけ登下校を共にすることまで申し出てくれたのである。

初対面の奴にそこまでできるなんて、単なるお人好しじゃ済まないレベルだ。人は見かけじゃないとはまさにこのことだろう。

「…」

現にひかるは今も、俺を扉側に立たせ自分は周りの客から守るように盾となってくれている。こういうことを自然にやってくれるのがすごいというか、とてもありがたい。

「聡太郎?」

ひかるは不思議そうに俺の名前を呼んだ。気がつかないうちに彼の顔を見つめてしまっていたようだ。

「あ、ごめん」
「う…ううん」

凝視してしまうのはまずかったか。視線をもとに戻す。

「そういえばなんだっけ?昨日のクイズ番組の話?」
「そう!聡太郎ももしかして見た?」
「見てない。勉強してた」
「えぇー、また勉強?」
「受験生だから当然だろ。今週末からテストだし」
「うっ」

ひかるが呻き声を上げる。

「わ…忘れてた…俺の学校も来週からテストなんだよ…」
「クイズ番組見てる暇は?」
「ない、です」

怒ったような口調で尋ねると、彼はがっくりと肩を落とした。しゅんとした姿がなんだか叱られた後の犬のようで面白い。

「ん。それに」
「それに?」
「一緒の高校行くんなら、もうちょっと頑張ってもらわないと」
「!!」
「これでも結構楽しみにしてるんだからな」

本当は照れくさいから言わないでおこうと決めていたけれど。少し笑って顔を上げると、ひかるは突然俺の肩を両手で掴んだ。

「そ、聡太郎…!俺、頑張る!」
「うん」
「あ…でも微妙にテストの時期ずれてるから、下校の時間合わせらんないな。帰りの電車、一人で平気?」
「平気。お前と会うまではずっと一人で乗ってたし」
「そうだよな…」

何故か寂しそうな口調だった。




一人で電車に乗るのは久しぶりだった。ひかるとは出会ってからそれほど時間は経っていないはずなのに、いつの間にか二人でいるのが当たり前になっていたみたいだ。

テストの期間中は午前で学校が終わってしまうため、普段使わない時間の便を利用することになる。昼間に乗る電車はいつもよりもずっとすいていた。

空いている席に座って、単語帳を開く。マーカーを引いた部分を目で追い、黙々と頭の中に叩き込んでいく作業はそれほど苦にならない。そういえば、ひかるは来週からテストだと言っていたけれど、ちゃんと勉強をしているのだろうか。

――俺も頑張れば、聡太郎と同じ高校に行けるかな。

以前その言葉を聞いたときは、正直驚いた。どうして、とか、そんなに簡単に進路を決めてしまっていいのか、とか。ひかるの考えていることがわからなかった。だけど同時に、なんだかすごく嬉しくもあった。

ひかるといるのは、楽しい。多分きっと、波長が合うというか、そういう感じ。

繰り返されるくだらない会話も、興味のないはずの話題も、不思議なことちっとも飽きない。むしろもっと聞いていたい、とさえ思う。

「ん?」

最寄り駅に着いて電車を降りたとき、丁度制服のポケットに入れていた携帯が震える。歩きながら出てみると、電話の相手はひかるだった。

『もしもし。聡太郎?』
「もしもし」
『今日からテストだよね。もう家?』
「まだ。丁度駅に着いたとこ」
『そっか』
「何か用事?」
『用事っていうか、聡太郎の家の近く、市立図書館あるじゃん。そこで一緒に勉強しないかなーって思って』
「いいよ」
『いいの?放課後になるよ?』
「どうせ明日の科目勉強しなきゃだし」
『やった!』

ふ、と笑いが零れる。勉強嫌いなくせに、何をそんなに喜んでいるんだか。

俺も人のことは言えないけれど。また後で、そう告げて通話を終えた俺の心も、どこか弾んでいたからだ。



「はー…よく勉強した…」

ひかるが大きく伸びをして息をつく。結局図書館を出る頃にはすっかり日が暮れていた。思いの外集中できたので、この分なら帰ってからは軽く教科書を眺める程度で今日のノルマは達成できるだろう。

「テスト、うまくいきそう?」
「んー…まぁ、今日苦手なとこは聡太郎が教えてくれたから、いつもよりは点とれそう」
「思ったよりちゃんとノートとかとってるんだな。もっとひどいかと思ってた」
「ひどいってなに!俺は結構真面目だよ!」

予想通りの反応をくれるひかるにくすくすと笑いながら、二人で夜道を歩く。電車の中以外でこうしているのは新鮮で、でもやっぱりひかるはひかるで、いつもと変わらなくて。俺は気付かれないようにそっと隣を見上げた。

――背、高いな。羨ましい。

頭一つ分とは言わずもっと高いところにある彼の顔は、暗闇でもわかるくらいににこにこと嬉しそうだ。まるで太陽みたいに笑う奴だ、と思う。夜なのに。

そういえば、ひかるはいつも笑っている。笑っていない彼を想像で再現してみようとしてみたが、あんまりしっくりこなかった。笑顔の印象が強すぎるのかもしれない。

「じゃあ、俺こっちだから。駅までの道は大丈夫だよな」

駅とは逆の道を指差す。ここから俺の家まではすぐだが、ひかるは電車だ。

「へーきだよ。来たときとおんなじ道通るから」
「帰ったらちゃんと復習しろよ。ゲームするなよ」
「はーい」

ひらひらと軽く手を振ってから別れ、今度は一人で見慣れた道を歩く。

先程家には連絡を入れておいたから、帰ったらすぐに夕飯にありつけるはずだ。散々頭を使ったせいなのか胃袋の中は空っぽで、ぐうと小さく音を立てている。

今日のメニューは肉か、魚か。食べ盛りの男子中学生としてはやはり肉の方がいいけれど。母さんのことだ。昨日が豚の生姜焼きだったから、きっと今日は魚料理になるだろう。

とりとめもなく考えを巡らせながら歩き続けていると、ふいに自分以外の足音が後ろから聞こえてくることに気がついた。

――まさかな、と少し恐怖心を覚える。

こういう体質のせいなのか、俺は人の気配には少々過敏に反応してしまうというか、気にしなくてもいいようなことにも余計な神経を使ってしまう。

まぁ、幸いなことにもう家は見えているし、万が一誰か危ない人物につけられていたとしても走って逃げれば…。

「…っ!?」

突然後ろから口を塞がれた。悪い予感はどうやら的中してしまったようだ。

振り切って走り出そうとする前に、そのまま死角になっている路地裏に引きずり込まれてしまう。

「あ…っ」

声が出ない。助けを求めようとする意思は十分にあるのに、それよりも恐怖の方が勝ってしまっている。

耳元で荒っぽい呼吸音がして、口を塞いでいる手とは逆の手のひらがいきなりシャツを捲り上げた。大袈裟なくらいに身体が震える。

「…っや…」

ぺたりと直接胸を触られ、一瞬その手の動きが止まった。どうやら女と勘違いしていたのだろう。平べったい、どう見ても男としか考えられないその感触に、後ろの人物は戸惑っているようだった。

助かった、と息を吐く。男とわかった上で痴漢行為に走る輩ならまだしも、女の子と間違えていたとなれば話は別だ。きっとこのまま逃がしてくれるだろう。

そうなったら俺もわざわざことを荒立てるようなことはしないし、夜道で男に襲われた、なんて恐ろしい出来事は自分の中だけに留めておく。それでいい。こんなこと、誰にも知られたくない。

「え…っ」

だがそんな俺の予想は裏切られてしまう。

腰の少し下、丁度臀部のあたりに、何か違和感を感じ取った。

「…!!」

それが何なのか理解した瞬間、ぶわりと全身に鳥肌が立つ。

嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。なんで。どうして。

「ひ…っ」

ひゅう、と喉が鳴る。本当に怖いときには、声なんて意味が無いのだ。いくら絞り出そうとしても、いくら叫ぼうと口を開けても、そこから零れ落ちるのはか細い呼吸音だけなのだ。そんなこと、とうに知っていたはずなのに。

知らない手に身体を弄られる。冷えた肌の上を滑る指が、押し付けられたものの硬さが、気持ち悪くて気持ち悪くて吐き気がした。

「…っ」

空っぽなはずの胃の底から何かがせり上がってくる感覚がして、ぐっと息を詰めた。塞がれた口はまともに酸素を吸うことさえできず、一層嘔吐感が増していく。

どうして、どうして俺なんだ。なんでいつもいつもいつも。

気持ち悪い。やめてくれ。やめて、お願い。お願い。お願い。

「ッ聡太郎…!!」

ぴく、と考えるよりも先に身体が反応した。

この声は。

――ひかる。

「聡太郎、どこ…っ!?」

――ひかる、ひかる、ひかる。

口を覆っていた手のひらを引きはがし、必死に叫ぶ。

「ひかる…!!ひかる!!」

俺が突然声を上げたことに驚いたのか、男の力が緩んだ。それと同時にひかるが視界に現れる。

「お前…っ、聡太郎に、なに、して…っ!!」
「うっ…」

ドン、と背中を押され、その場に倒れる俺と、その隙に逃げて行く男。

「待っ…」

ひかるは悔しそうに声を上げたが、男を追うよりも先に俺の傍に駆け寄って来てくれた。

「聡太郎…!大丈夫!?」
「…」

大丈夫。そう返事をしたいのに、唇が震えてうまく話せない。

「ごめん。ごめん、ごめん…!!こんなことになるなら、ちゃんと家まで送って行けば良かった…!全部俺のせいだ…」

違う。ひかるのせいじゃない。悪いのはあいつで、ひかるは何にも悪くない。

「俺が、こんな遅くまで勉強しようなんて言ったから…ごめん、聡太郎…」

ぎゅう、と全身があたたかいものに包まれた。

「ごめん」

ひかるが、俺の身体をきつく抱きしめた。

「う…っ、ぅ、ぐ…っ」

ぼろぼろと涙が溢れてくる。必死に縋り付いて何度も何度も名前を呼んだ。

「ひかる、ひかる、ひかる…っ、ひかる…!」
「聡太郎…」

――また、助けてくれた。

手のひらに触れるひかるの背中はじっとりと汗で湿っていて、とても熱かった。

こんなに息を切らして、必死になって、走って、汗をかいて。

「なんで、…っんで、ひかる…なんで…?」

なんでこんなに俺のために。

どれだけ感謝すればいい?どれだけの言葉を口にしたら、俺はこの人に報いることができる?

「聡太郎と別れたあとすぐ、言い忘れたことがあったから電話したんだけど出なかったから…たった数分で電話に出られなくなるのはおかしいって思って、それで、もしかしたらって」

ひかるは俺の「なんで」という問いかけを「どうしてここにいるのか」という意味で捉えたらしく、そう答えてくれた。

「言い忘れた、こと…?」
「今日はありがとうって、またねって…くだらないことだけど、どうしても言いたくて」

――ありがとう。またね。

そんな些細な言葉を伝えようとしてくれる、ひかるのことを、俺は。

「…くだらなくなんか、ない」

――この人が好きだ。

ふいに湧き上がってきた強い感情。俺は驚くこともなく、あぁそうだったのかと納得した。

ひかるが好きだ。大好きだ。多分もう、ずっと。

大きな手のひらが、あやすように背中を撫でてくれる。その心地よさと温かさに涙が止まらない。静かに泣き続ける俺に、ひかるが口を開いた。

「…聡太郎」
「…?」
「俺、間に合った?いや、間に合ってはないんだけど…その…」

言いにくそうに語尾を濁される。彼の聞きたいことはわかっている。「最後まで」されていないか、取り返しのつかないことになっていないか、ということだろう。

こくこくと小さく頷いてみせると、ひかるは安堵の溜息を吐いた。

「よか…ったぁ…心臓止まるかと…」
「ひかる…」
「…ごめん。本当にごめんね。俺、聡太郎になんて言って謝ればいい?」
「なんでお前が謝るんだよ…っ」

ぎゅう、とさらに抱き着く腕を強める。

「ひかるは、悪くない。謝る必要なんてない」
「でも」
「ひかるは、俺を二回も助けてくれた」
「いや助けたってほどのことでは…」
「助けてくれたんだ」

必死になって追いかけてくれたこと。必死になって俺の名前を呼んでくれたこと。こうして俺の身体を抱きしめてくれていること。どうしてこの人を好きじゃないなんて思えよう。

「一緒にいたい」
「へ」
「俺、ひかると一緒に…っ、ずっと」

眩しくて、優しくて、太陽みたいに笑う人。

ひかるは、俺のヒーローみたいだ。

「い、い、一緒に…、ずっと、って…」
「俺の、友達に、なって」
「あ…友達ね、友達…っていうか今まで友達じゃなかったっていう事実にショックだよ俺は…」
「ちがう」

ただの友達じゃなくて。

「一番、近くて、一番大事な…特別な、友達」
「いちばん…」
「ひかるがいい。特別にするなら、一番にするなら、ひかるじゃなきゃ嫌だ」

ひくひくとしゃくりあげながらひかるの顔を見る。

「うん」

ひかるは指で優しく涙を拭ってくれた。止まらない涙がその指を次々と濡らしていく。

「ありがとう」

嬉しい、と笑う彼の顔は、やっぱり太陽みたいだった。



ひかるが俺にあの眼鏡をくれたのは、それからすぐのことだった。

「まだ?」
「まだ、もうちょっと」

ワックスやらなにやらを持ち出して、ひかるはかれこれ10分ほど俺の髪を弄っている。いい加減待ちくたびれた。

「うん、これでよし。あとはこの眼鏡をかければ…完成」

かちゃりと分厚い眼鏡を顔にかけられ、思わず眉を顰める。一気に視界が狭くなってしまった。

「…めっちゃ重いんだけど」
「度は入ってないから、慣れれば大丈夫だよ」
「あと前髪鬱陶しい」

瞳にかかる髪を手で除けようとすると、ひかるが慌てて駄目だよと言った。

「我慢して!聡太郎を守るためなんだから!」

要は顔が見えなければいいのでは、ということらしい。前髪で瞳を隠し、分厚い眼鏡でさらに輪郭や表情をぼやけさせるという寸法だ。

「本当にこんなんで痴漢にあわなくなるのか…」
「少なくとも前よりはずっとマシになると思う。それに」
「それに?」

ひかるは満足そうな笑みで俺を見る。

「これで…聡太郎のこの可愛いお顔を知ってるのは、俺だけだね」

仮にも先日恋心を自覚した相手にそんなことを言われてしまった。ドキドキと音を立てて動く心臓を手で押さえて俯く。今、顔を見られたら俺は死ぬ。

「…ばかか」

…自分の顔、嫌いだったのに。



「そーちゃん、聞いてる?」
「聞いてない」
「ひどい!折角おうちデート中なのに!俺を差し置いていったい何の考え事!?」

お前のこと好きになった日のことを思い出していました。なんて勿論素直に口に出せるはずがない。

「ひかる」
「んー?なに?DVDでも見る?」

いや、今日はDVDは遠慮しておく。

「大好き」
「…え」

ぴしりとひかるが固まった。

「え…えっ?えっ?は!?はぁぁぁぁ!?」
「うるさい」
「ちょ…っ、ちょっと待って、幻聴じゃないよね?」
「違う。幻聴じゃない」
「大好きって言った!?」
「言った」

今度は顔を覆って泣き出した。

「う、嬉しいっ!!」
「そう」
「もう一回…」
「大好き」
「俺も大好きぃぃぃ…」
「俺の方が好き」
「あっ、それ以上言われたら俺死んじゃう…!」
「死んだら困るからもう言わない」
「う…っ、ほ、ほんとはもっと聞きたいけど、でもそうしてくれたほうが助かります…」

俺の心臓の耐久性的に、とよくわからない理由を呟いているひかるに近寄り、ぺたりとその胸にもたれかかってみる。

「ひかる」
「な、なに?」
「腕、まわして」
「えっ…い、いいの」

いいもなにも、普段は駄目って言っても人のこと抱きつぶすくせに。今更何を。

あの夜の日のようにすっぽりと腕の中に包まれ、俺は静かに瞳を閉じた。ただ抱きしめられただけで、どうしてこんなに安心できるのだろう。どうしてこんなに心臓が苦しくなってしまうのだろう。

「聡太郎…?」
「なに」
「どうしちゃったの、今日…なんかあった?」
「別に。ただこうしたかっただけ」
「嫌なことあったんでしょ?」
「ないよ」
「本当に?」
「本当に」
「何かあったら我慢しないですぐに教えてよ?」
「うん」
「俺は聡太郎のためならなんだってできるから」
「…じゃあ、一個お願い」
「なぁに?」

笑って、と俺は言った。

「え?笑う…?」
「うん」
「こう?」

閉じていた瞼を開けて、言われた通り素直にへらりと口元を緩ませたひかるの顔を見る。

――この人のこの顔が、好きだ。

「…うん」
「なに?なに?どうしたのそーちゃん」
「お前のその顔」
「うん?」

きらきら光って、まるで太陽みたい。

…とはもちろん言えなかった。そんな恥ずかしいこと、素面じゃ到底言えない。

だからその代わりといってはなんだけれど、俺も笑っておいた。ひかるしか知らない、ひかるにしか見せない、目一杯の笑顔で。

「なんでもない」

end.




渚さんリクエストで「聡太郎が知らない男に襲われる→ひかるが救出」でした。丁度聡太郎がひかるのことを好きになった頃の話とか書きたいな、と思っていたところだったので過去話になりました。二人とも中3です。それからずっと両片思いのまま高校生になります(そして本編へ)。そう考えるとお互い結構長い間片思いしてますね。
そういえば神様シリーズでエロ無し書いたの初めてじゃなかろうか…普段が盛りすぎなんだよ…。たまにはこんな感じの話があってもいいよね、ということで、楽しんでいただければ何よりです!

素敵なリクエストをありがとうございました!

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